血と骨

弟が3人いる。
そのうち1号は両親とも私と同じ。2号、3号は父親が違う。
両親の離婚後、私と1号は父方にいたけれど、私は13の時に家出をして母の元に行った。それ以来20年程生き別れていた1号に再会したのは2011年だ。
行政書士の仕事をしている1号は、得意の技を使って戸籍謄本等取り寄せ、私を探し出して会いに来た。
「いや、我々の父親がもうそんなに長くないので、もし会っておきたいのなら知らせておこうと思って」
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あの時点で「もってあと1、2年」なんて話だったのに、なかなか訃報が届かず「まだ生きているのか」と思っていたが、6月に死んだ。
正直な気持ち、「ああ、やっと死んでくれた」と思った。
もう30年、あの人とは完全に連絡をとっていなかったので、生きていても死んでいても関係ないとも思いながら、それでも死んでくれて楽になった。
ともかく周りが言うのだ。
「死ぬ前に会ってあげたほうがいいんじゃない?」「会わないと後で後悔するよ」「いろいろあったかもしれないけれど、それでも血の繋がった親じゃないの」
ドラマみたいなことを。
残念だけどドラマみたいにはいかないのだ。

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不良少女とよばれて」を見る猫。
あの人が、メロドラマみたいにしたかったことはイヤというほど知っている。
酒を飲んでは夜中に暴れ、殴られ、蹴られ、引きずり回され、外に放り出され、そうしてほとぼりが冷めると涙ながらに言ったものだ。
「男手一つで子供を育てることがどれだけ大変なことか」「俺がどんな苦労をしながらお前たちを育てているか」「それもこれもお前たちを愛しているからだ」
ともかくそうして自分に酔いたいのだ。
だから病床で長らく音信不通だった娘に再会し、手に手をとって涙ながらにわかりあい天国に旅立つ、というのがあの人の理想のシナリオだったことだろう。
そうは問屋がおろさない。
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お断り
絶対に会わないと決めてもずっと、責められているような気持ちもあった。
40過ぎて許すこともできない自分は大人げないんじゃないか、とか。形だけでも会いに行くことが「大人の流儀」なんじゃないのか、とか。なんだかんだ言って、社会不適合者のあの人に一番似ているのは自分だよな、と思ったり。
そうしてはあれこれ思い出して眠れなくなったり憤ったりもしていたこの8年。
死んでくれてやっと楽になった。
もう嫌な気持ちも全部持っていってもらおうと思った。
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弟1号から連絡が来た日、一応は「何かすることある?」と聞いたけれど、手続きも火葬も全部弟がやってくれた。
相続放棄の手続もしてくれるらしい。ホント助かる。
それで、7月末に書類作成のため1号と会った。
1号は去年、行政書士として独立して仕事を始めた。そして8月には子供が生まれる。そんな最中に父が死んだ。だがしかし、1号はすごい。
独立してからこの方、営業活動で葬儀屋さんとの付き合いが多かったらしい。そのため父親が死んだ際も知り合いの葬儀屋さんに手配してもらって、すぐに出棺、火葬できたという。
また、その繋がりから、海洋散骨ビジネスを始めることにしたらしく、このクソ忙しい時期に、すでに船舶免許も取得したらしい。
なんというフットワークの軽さ。そして強さ。やはり独立して仕事をしようという人間は心構えが違うもんだな、と驚く。

加山雄三  『海 その愛』
だが1号の凄さはそれだけに留まらない。
なんと、海洋散骨ビジネスのために20万円もする粉骨ミルを購入したというのだ。

この時点でワタクシ若干ビビる。
な、なに、そんなの普通に売ってるの?…ていうかそんな事していいの?法律的に…何か…資格とか…。
「いや、元はね、イワシとか食品用のミルを作ってる会社なんだけどね、最近はほら直葬も多いし散骨希望も多いから、いつの間にかそっち方面がメインになっちゃったみたいでね」
「法律的には全然大丈夫だよ。火葬してあれば問題ない。だから最近は散骨業者が乱立しててね。それに伴って市区町村が条例を定めてる場合もあるけどね」
「火葬した骨であればゆうパックなんかでも普通に送れるよ。だから送ってもらって散骨するっていうのもできるんだよ」
1号はニコニコと答えてくれる。そそそ、そうなのか…。

ちなみに行政書士として独立した際のホームページ作成は弟3号に依頼したそうだが、海洋散骨ビジネスにあたっても3号にHP作成してもらうらしい。
「だから、この前父親の骨を粉にする時、3号くんに写真撮ってもらってさあ」
え!!!!!
まって、あの人の骨、自宅で粉にしたの?自家製!?手作り!?
しかも公式サイト用の写真撮りつつ!?ええええ!
驚く私に、1号はまたしてもニコニコと言う。
「ほら、ミルも買ったから一番最初に試してみようと思って」
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そんな「新しい圧力鍋買ったから、角煮を作ってみようと思って」みたいな…。
お、お、恐ろしい子すぎる。すごい。強い。素晴らしい。

ちなみに相続放棄の手続に当たって1号は長らく音信不通だった親戚筋にも連絡をとっているらしく、あれこれ恨み言を言われたりもしているらしい。
「なんかさあ、勝手に生きても、勝手に死ねないんだね」としみじみ言うと、1号は「そうだねえ。人間は一人じゃ死ねないよ。片付けてくれる人がいないとさ。まあ、でもなんとかなるもんだから。大丈夫」と笑う。
そうか、なんとかなるか。
つくづく1号の強さにも敬服するし、行政書士になってくれて、あれこれやってくれることをありがたく思う。

「父親さ、あの時代の人にしてはすごく立派な骨だったよ」と言う弟に「ああ、そこすごい遺伝してる。私骨太だもん。骨折したことない」と言うと、弟も「やっぱり!自分もそうなんだ!」との事。
否が応でも遺伝子がつながっているもんだから。

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にゃんこ4姉弟
「今度山に登って撒いてくるよ」と言う弟。
あの人の死に目にも会いたくなかったし、遺体も見たくなかったけれど、なんとなく散骨には付き合ってもいいかな、という気持ちになった。
もちろん興味本位でもあるけど。