話しかけたかった


南野陽子「話しかけたかった」

在宅勤務中は家があまりに静かなので、ラジオをかけたり、音楽をかけたりしながら仕事をしている。
そうするとだんだん懐かしい曲ばかり聞きたくなって、とんねるずサザンオールスターズを聴いたりするが、なかでもハマったのは南野陽子だ。
本当にかわいかった。女友達の家にポスターが貼ってあったな、とか、友達の家で夕方再放送の「アリエスの乙女たち」や「スケバン刑事」見たなあ、とか。
中高生にありがちな、深夜ラジオにハマる年頃にはニッポン放送で「ナンノこれしきっ!」を聴いたりもしたっけ。

そんなわけで最近の鼻歌は南野陽子が多い。皿を洗いながら、洗濯物を干しながら。

緊急事態宣言も再発令されたし、何より寒いので外に出る気持ちがどんどんなくなってしまった。せっかくとれた相撲のチケットも人に譲ってしまった。
そうしてゴミ出しとスーパーくらいしか外出しない生活をしていると、昔のことばかりを思い出す。
刑務所の中で暮らしたり、小さな村から一歩も外に出ないような生き方をしていたら、こんな感じなんだろうか。
こんな風に思い出を飴玉みたいにしゃぶりながら生きるんだろうか。
そんな話が村上春樹の小説にでてきたな、なんてことまでぼんやり思い出す。

アフターダーク (講談社文庫)

アフターダーク (講談社文庫)

人間ゆうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。
(中略)
大事なことやら、しょうもないことやら、いろんな記憶を時に応じてぼちぼちと引き出していけるから、こんな悪夢みたいな生活を続けていても、それなりに生き続けていけるんよ。もうあかん、もうこれ以上やれんと思ってもなんとかそこを乗り越えていけるんよ
                 村上春樹 「アフターダーク

週に一度は出勤するが、もう外に出ることに不慣れになっており、ちょっと出かけただけでなんだかとても疲れてしまう。
そんな疲れた帰り道、久々に駅前のスーパーに行ったら、彼女がいたのだ。
オオルイさん。

駅前のスーパーのレジにいる、笑顔の素敵な女性だ。もう何年も見ていなかったような気がする。たまにオオルイさんを思い出しては「さすがにもう辞めたよね」と思っていた。
でもオオルイさんがいたのだ。あいかわらずの素敵な笑顔で。

帰り道、自転車をこぎながらずっと、恋のようにオオルイさんのことを考えていた。ああ、話しかければよかった。
「オオルイさん戻ってきたんですか」とか「オオルイさん、ずっとここにいてくれたんですね」とか。
「オオルイさん、ずいぶん長く働いていますよね、ずっとずっと前からあなたの笑顔に救われてきましたよ」って。
そうして、オオルイさんがどんなに素晴らしいかを他の人に説明したくなるけど、2014年の自分の日記を読み返したらそこで存分に語っていた。

2014年、7年前の時点で「もう10年ほど前から」と書いてるくらいだ。オオルイさんに初めて会ってからもう20年近くになるのか。
それでまた昔のことを徒然に思い出す。初めてオオルイさんに会ったときは、まだ前の会社に勤めていて接客に疲れ果てて心が硬くなっていた。
2021年になって、久々にオオルイさんに会った日は、ひきこもり生活で、心もちょっと閉じこもって硬くなっていた。
いつだってそんな時だ、オオルイさんがふと現れて素敵な笑顔を見せてくれるのは。

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オオルイさんはマトリョーシカみたいな可愛い女の子

ああ、話しかければよかった。話しかけたかった。話しかけられなかったけど、オオルイさんが、今も素敵な笑顔のままでいてくれてよかった。
疲れ果てて笑顔をなくしたりなどしない、その強さこそがオオルイさんの素晴らしさだ。
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オオルイさんに久々に会えて心が少し明るくなった。
話しかけられなかったけど、心に春が来たわ。
聖子ちゃんも聴かなきゃ…。