水の都

うちの母は人にあれこれ口出しするのが好きなタイプで、そこかしこに余計な首を突っ込むが、受け入れられないことも多く、時に怒り、時にため息をつき、そして時には芝居がかった口調で、こんなことを言う。
「もういいわ。馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできないものね。」
知らなかったがイギリスの諺だったらしい。
You can take a horse to the water, but you can't make him drink.
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他人にヒントやチャンスを与えることはできても、その実行を強制することはできない、との意。
おかげで私も、職場で誰かが営業相手に「せっかく親切で言ったのに!」と腹を立てていたりすると、かの諺を口にするようになってしまった。
まあ、大概ぽかんとされて終わりですよ。
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さて、こちらが我が家の、ご飯を盗み食いする悪い猫。トースターも引きずり倒す悪い猫。そして下部尿路も悪い猫。
おしっこがキラキラしていたので病院につれて行ったあの日、先生は言いました。
「水分をたくさんとらせるようにしないといけない」
でもうちの子、水は割とよく飲むほうです…と答える私を遮って先生は「もっと必要だからウェットフードの量を増やして。水が流れるタイプの水飲み器なんかも使って工夫して」とおっしゃる。
水が流れるタイプの…あれか!

うーん、アレね。こんなパステルカラーのプラスチックを家に置きたくない…。あと電源が必要なのもイヤ。自分で水もよく飲むから大丈夫…と思っていたが。
いざ、帰宅して猫の水飲み具合を観察すると、なんだかあまり飲んでいないような気がする。おかしい。だってこないだまで、風呂場の水もなめてたし、洗面所についてきて水を飲んだりもしてたでしょう?
気にしていない時は水を飲んでいるように見えたのに、気にし始めると飲んでいない気がしてくる。脳裏をあの諺がよぎる。
馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない
…猫も、なのか…。
どうしたものかとあれこれ調べると、やはり皆さん苦労されているようだ。やれ、お皿を変えるといい、このタイプの水飲み器がいい、湯冷ましの水、冷たい水、お湯などいろいろ用意するといい、など。
そんな中でAmazonさんが私に不思議な商品を薦めてきた。
ヘルスウォーター ボウル M

ヘルスウォーター ボウル M

なんでも「2億8千万年前の地層から産出した、天然希土類元素の成分を含んだ鉱物とバイオセラミックスを焼成して作られた人工機能石を素材に、約1100度の高温で焼成した陶器」だと言う。
ユーザーレビューもすごい。「この器からしか水を飲まない」「半信半疑で買いましたが、本当によく飲みます」「騙されたと思って買ったが期待以上!」
なんだこの胡散臭い健康食品みたいなレビューは!…と最初は笑ってやりすごした。
だが、いろいろ猫の水問題を考えるうちに、私の中で作戦が決まった。その名も、「オペレーション水の都」
ともかくあちこちに水を置き、この家を猫にとって水の都にしてやる。ヴェネツィアだ!!溺れるほどに水を飲むがいい。
そんなわけであの胡散臭いボウルも買ってみた。
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思ったよりも大きく重く、裏には誇らしげに彫ってある。「MADE IN JAPAN」
まるで開港当時の横浜から世界に向けて輸出された商品のような武骨さだ。
同梱の説明書の文章もなかなか良かった。
伴侶動物の様子の変化に喜びの声をいただいています」
「すぐに使ってくれなくても様子を見ながらご使用ください」
部屋の隅にこのボウル、ご飯置き場に水飲み二つ、洗面所に一つ、台所の隅に一つ、あちこちに水を置いて猫たちに「水を飲むのだよ」とよくよく言い聞かせて様子を伺う。
その日こそ飲んでくれなかったが翌日。
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明るさの都合でパステルカラーに見えるけど、この器は抹茶色。

飲んでる!!
言い聞かせたのが効いたのか、洗面所のジップロックコンテナからも、そして台所の隅の釜めしの釜からも。
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2億8千万年前の土のボウルには悪いが、私が見る限り、猫たちの一番のお気に入りは釜めしの釜のように思う。
何はともあれ、飲んでくれるならそれでいい。

馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない。猫もそう。
だが、それならばここを水の都にして、水を飲むチャンスを増やしてやればいいのだな!チャンスを増やして「信じ、待ち、許す」のだ。
まるで荒廃した学園の立て直しに成功した教師のような心持になってくる。
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そう、山下真司だ。スクール☆ウォーズだ。
「お前たち!よく水を飲んだ!!」「俺はお前たちを信じている!」
そんなアツい気持ちで猫に話しかけたり、撫でたりしている。この水の都で。
…別に春先だから頭がおかしくなってるんじゃなくて。