君拾帖

■くんしゅうちょう■  すきなことだけてきとうに

想像力より高く飛ぶ鳥

どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできないだろう
                      寺山修司

ロング・グッドバイ 寺山修司詩歌選 (講談社文芸文庫)

ロング・グッドバイ 寺山修司詩歌選 (講談社文芸文庫)

何度も書いているが、うちの弟は高校受験の折にまるで勉強をせず、案の定高校に落ちた際、まるで新たな発見でもしたかのように「高校って本当に落ちるんだなあ」と呟いたし、無免許運転の車を他所の家の塀に擦りつけた際には「ゲーセンの車と本当の車って違うんだな」という名言を残した男だ。
「あの子は本当に想像力がない」「実際にそうなってみるまで、物事が理解できないのね」と、母と私は悲しい顔で語り合ったものだったが、実は自分もまったくあの子と同じで「実際にそうなってみるまで物事が理解できない」のだな、と今になってやっと気がついた。

子供の頃から、クラスの女子が「キャー!蜂!!」と逐一騒ぎ立てるのがとても不思議だった。今でもまだ「何故人はあんなにも蜂に大騒ぎするのか」と思ってしまうのは、幸いにも蜂に刺された経験がなく、蜂の怖さを知らないせいだ。心のどこかで「蜂に刺されるなんて、そうそうないでしょ」と思っている。
クラゲもそうだ。「クラゲに刺されてから海がいや」なんて話を聞いても「あんなフワフワのくらげちゃんが?」とどこか半信半疑でいる。「夏はヒルがいるから丹沢に行かない」という人の話を聞いていても「ヒルって何?そんなに人間に寄ってくるもの?」と怖さを実感できずにいる。

思えばインフルエンザのことだって最初はナメていた。「インフルって別にちょっとひどい風邪くらいでしょ?」
自分がインフルにかかって初めてその威力を思い知り、あれからはインフルを心底恐れ、毎年予防接種を受けている。
妄想力も想像力も持ち合わせているつもりでいたが、弟の何をバカにできようか。

先週は山友達のおじいさんとお姉さんと逗子の鷹取山へハイキングに行ってきた。山頂でお昼ご飯を広げた際、お姉さんはしきりにトビを気にしていたが、私はただ空を見上げて「なんて上手に飛ぶんだろうか」と感心していたのみであった。トビって本当に優雅に、ナウシカメーヴェみたいに上手に飛ぶ。
我々は全くトビに狙われなかったが、狙われそうになっている人もいた。「野菜ばっかりだったから狙われなかったのかな。タンパク質とか油ものが好きだから、そういうおかずだと狙われるんだよね」というお姉さんに「そうなのかー」としみじみ感心したものだった。

さて、本日私は久々に江ノ島に行ってきた。島内にはあちこちに「トビに注意」という看板があり、「うんうん、了解」と思っていたがお腹が空いた。リュックに入っているのはおにぎりとハムチーズサンドイッチ。
先週のお姉さんの「トビってタンパク質や油ものが好き」という言葉が一瞬頭をよぎりはした。でも、おにぎりよりサンドイッチが食べたかったのだ、私は。大丈夫だろうと思ったのだ。

そして食べ始めたら、すっかりトビのことなんて忘れていたのだ。

神奈川県のホームページにも注意情報が載っている。
「トビは、食べ物をねらって、後から飛びかかってきます。」
赤い太字でちゃんと書かれていたこの文章を、今なら心底理解できる。
奴は後ろからやってきた。そしてあの力強い羽で、私の顔を思いっきり引っ叩いて去っていった…。
一瞬何がおきたのか理解できなかった。引っ叩かれるのなんて何十年振りのことだか…。アムロの如く「殴ったね!!」と思えたのは、しばらくたってからだった。

これは吉田秋生のマンガ「海街ダイアリー」のワンシーン。読みながら「そうそう、あの辺の海はトンビに狙われる人多いんだよねえ」と他人事のように思っていた。

今ならわかる。このサンドイッチがどれほど危険な食べ物か。
鎌倉江ノ島付近にたくさんある「海の見えるレストラン」のオシャレなテラス席がどれほど危険な場所か。あれはトビに対してこのマンガの主人公たちの如くきっちり対処できる人間のみが座ることの許される席だったのだな。

夜勤明けに恋人と別れてボロボロになっていてさえ、トビと戦えるシャチ姉。いつかこうなりたい。

鳶に油揚げを攫われる
【意味】 鳶に油揚げをさらわれるとは、自分の大事なものや手に入れられると当て込んでいたものを、不意に横からさらわれることのたとえ。また、奪われて呆然としている様子のこと。
【注釈】 鳶は普段は悠々と空を飛んでいるが、ひとたび獲物を見つけると非常に素早く空から舞い降りて獲物をさらっていくことから。転じて、大事なものや当然手に入れられると思っていたものを、うっかりしているうちに突然横から奪われて唖然としている様をいう。

故事ことわざ辞典にはこう書いてある。
全く持ってこの通り悠々と空を飛ぶトビが非常にすばやく獲物を見つけて降りてきた。きっと大昔から、みんなこうしてトビに狙われ、あれこれ攫われて来たのだろう。
ツイッターで検索してさえ「トビにファミチキを奪われた」という報告がたくさんある。鳥なのに、鶏肉好き…。
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そんなのはコイツだけかと思っていた…。
こんなにもたくさんの警告があったにも関わらず、私はそれを自分の問題として捉えることができずに今日まで来た。なんという想像力の欠如。
私の乏しい想像力のはるか上からトビは私を狙ってきた。
戒めのように、私の顔には今、トビの羽による3つの傷がある。青痣になるかと心配になる程の衝撃で、若干出血もした。

でもな!それでも私はヤツにハムチーズサンドは渡さなかった!!だからイーブン。
…ええ、ええ、こんな言い訳、私には弟をバカにする資格もありませんよ…。

海街diary 3 陽のあたる坂道 (フラワーコミックス)

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