ばあちゃんのノート


星占いによると本日の蟹座は「すごく大事な事を教えてもらったり、教えてあげたりできるような日。とっておきの話。」との事。


12月に、もう年は越せないかもしれないと言われていたばあちゃんはなんだかんだ元気で年を越し、そしていよいよそろそろだと言う。
それで今日はばあちゃんの病院へ行ってきた。
相変わらず私のことは忘れていて、弟のことは覚えている。「ばあちゃん男のことはちゃんと覚えてる。いい女だから」と口も達者。
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猫の写真を見せると「あら、こんな若くてハンサムな男二人と暮らしてるの」なんて言う。
でもやっぱり随分むくんだり小さくなったり、起きてる時間が短くなったり、12月よりも元気はない。

病室には叔母か誰かが持ってきたのか、ばあちゃんのアルバムやノートがあったのだが、そのノートたるやすごい。
少なくとも25年前くらいから書き溜めてあるようで、気に入った短歌、俳句や文章、そしてきっとばあちゃんが「なるほど!」と感心して書き留めたのであろう様々な知識が書かれている。
「青丹よし 青=緑 丹=赤 春の奈良は緑と赤が美しい」
「蒲団 昔、綿を入れたふとんができる前はガマの穂を詰めていたから」
「千両箱の重さ=15kg」
なんと勉強になることか。
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あんまり面白いので私達は病室で、ノートを見ながらあれこれクイズを出し合う。
「日本の癌患者第1号は誰?」 「答えは岩倉具視
「太平洋戦争の開戦勅書を書いたのは誰」 「徳富蘇峰
「ルビの語源は」 「イギリスで活字の大きさを宝石の名前で呼んでいたことによる」

そんな面白知識のあいだに、山頭火の句や、若山牧水石川啄木の歌が書き写されており、また「日本尊厳死協会」の連絡先なども書かれている。
米兵と結婚した叔母がアメリカに行くことになった時の寂しい気持ちの日記も、実姉が亡くなった後にばあちゃんが作った歌も。
人生や老い、死への覚悟を意識させるような言葉たちも。
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「ホント面白いな、このノート。何度でも読みたいもんな」と弟は言い、「この人博学なのよね」と母が言う。
ばあちゃんはいびきをかいて寝ている。
そして私は「ばあちゃんみたいなノートを作ろう」と決意する。
今日の星占い、本当によく当たっていた。
「すごく大事な事を教えてもらったり、教えてあげたりできるような日。とっておきの話。」
本当にそのとおりだった。
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今年は開花が早いという桜。あと2週間くらいで咲くらしい。
ばあちゃんは今年の桜が見れるだろうか。
ボケても病気になっても笑って冗談を言って、面白いノートを残してくれて、なんとまあ見事な生き様だ。
一番大事な事はきっとそのこと。

相撲に感謝

1月の終わり、相撲友達のまるちゃんからLINEが来た。
「2月1日の豪風引退相撲のチケットまだあるみたいなんですけど行きませんか。私は例え一人でも行きます!」
ミーハーな私は即答で「行く!」と返事したが、もう一人の相撲友達つるちゃんはその日に予定があるという。だがしばらくして返事が来た。
「今豪風Twitter見てきたら、席埋めてあげないとって思った。途中からだけど行くよ!」


すごい。つるちゃんもまるちゃんも、なんという愛情の深さなの・・・。
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内館牧子に負けてないよ、その愛情。
引退相撲を見るのはこれで2度目だ。
1回目は日馬富士の時で、辞め方が辞め方だったものだから、司会をしていたNHKの藤井アナが「写真は撮って頂いて結構ですが、SNSやインターネットでの公開はご遠慮ください」と何度も注意を促していた。
藤井さんに言われちゃ仕方ないので、写真はおとなしくPCの中に収まっている。太刀持ち白鵬、露払い鶴竜という三横綱での最後の土俵入り、本当に豪華で素晴らしかった。

あの時とは違って今回は写真のアップも全然OKなのに、本当に大丈夫かな、となんだかソワソワしていた。
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豪風現役最後の相撲は長男くんと。長男くんは柔道をやっているらしく最後は一本背負いで長男くんの勝ち。
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今回の司会は刈谷さん。
つくづく思うけれど、NHKのアナウンサーというのはすごいもんだ。
日頃はテレビの向こうの、目に見えないたくさんの人達に語りかける仕事をしている人が、今目の前にいるお客さんたちに近い距離で語りかけることもできる。当たり前のことかもしれないけれど、距離感の使い分け、語りかけができるって本当にすごいことだと、昔選挙のウグイス嬢を少しやってた私は思うのです。
そしてこの後の幕内力士の取組では刈谷さんが実況解説してくれる。取組を見ながら国技館刈谷さんの実況が聞ける。
こんな贅沢あっていいの?いつもやってほしいくらい…と感動する。
何せトイレに行っていたって刈谷さんのおかげで取組の状況がわかるのだ。すごい。

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躍動感あふれる高安-阿炎の取組
なんだかんだ言って引退相撲も巡業も、花相撲で真剣度が低いので取組自体はあまり面白くない。前に仙台場所に行ったけれど「ああ、やっぱ本場所の方が面白いな、巡業はしばらくいいかな」と思った。
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2016年仙台場所での豪風
プロ野球でも、正直オールスターゲームはあまり面白くない。真剣勝負が見れないから。
とは言え、その分普段とは違う顔が見れるという魅力ももちろんある。サードコーチャーをやる藤浪晋太郎とか、笑顔の栃煌山とか。
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貴重な笑顔
「キャ!栃煌山が笑ってるー!!」
遅れてきたつるちゃんがはしゃいで写真を取り始めるので私も便乗。いつも本場所で「自分、集中してるんで」みたいな栃煌山ばかり見ていたので「笑えるんだ!?」と衝撃を受ける。まあ、笑うよなそりゃ。人間だもの。
秋田出身、そして2年前の夏の甲子園で大活躍した金足農業高校出身の豪風
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そんな訳でロビーには金足農業の化粧廻しが飾られていたし、金足農業高校の人も来た。北秋田市の市民栄誉賞なんかももらっていた。
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幕内取組前の断髪式には自民党の谷垣元総裁が来た。
そして車椅子から立ち上がって鋏を入れる。刈谷さんの感動的なアナウンスと相まって場内は「クララが立った!!」状態だった。
その後も延々と続く政治家による断髪。後で遅れてきたつるちゃんに「もう政治家ばっかりだよー」と言うと「まあ、秋田だからねえ」とのこと。
そうなの?秋田と言えば政治家なの?…選挙のウグイス嬢をやっていた割には政治に疎い私。
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はなわやくみつる隠岐の海、矢後、白鵬稀勢の里嘉風も鋏を入れて、最後は尾車親方の止め鋏。
すごく豪風のファンってわけでもなかったけど、やっぱり寂しくて泣いてしまう。
「ねえ、最近引退多すぎない?私が相撲見始めた時にいた人がどんどんいなくなる」と涙ながらにつるちゃんに訴えると、つるちゃんもやっぱり泣きながら「多いねえ。ていうか最近の力士がずっと長く相撲とってくれてるからねえ。昔はもっと引退早かったよ。長く相撲とってる人が多い分、引退が立て続けになるのかもね」と言う。

確かにそうだな。白鵬も今まで何人の力士を見送ってきたんだろうか。そんな白鵬だって、もう世代交代の波に飲み込まれてきている。若い力士が台頭してくるのは嬉しいし楽しみ。でも長く見てきた力士が去っていくのは本当に寂しい。
幕内力士土俵入りを見てしみじみ「本当に豪栄道がいないね。いつも土俵入りの最後にいたのにね」と不在を痛感した。
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それでいて、この先何度も見ることになるであろう貴景勝×朝乃山の取り組みにトキめきもする。

はね太鼓を聞きながら「ああ、豪風ホントに引退なんだねー」と帰路に着く。
豪栄道の断髪式も行こうね」「3月場所はつるちゃんちでテレビ桟敷で相撲見ようね」なんて空元気で約束を交わしながらも、寂しさいっぱいで駅に向かっていたら、駅横の立ち食い寿司屋の前でつるちゃんが「あ!」と声を上げた。
何?と横を見ると寿司屋の中に力士がいる。
「ほらあの!ついこないだまで弓取りやってた!中川部屋の…!!」
え、誰だっけ、誰だっけ、聡ノ富士の後に弓取りやってた…。

「春日龍!!!」

そう叫んだ後、「こういうとこでご飯たべるんだねー」と満面の笑みで言うつるちゃんには本当に元気をもらったわ。
さすが相撲の大先輩。
つるちゃんまるちゃん、いつも一緒に相撲を見てくれてありがとう、元気をくれてありがとう、断髪式に誘ってくれてありがとう。
そして豪風、今までどうもありがとう。お疲れさまでした。
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ネーミング・オブ・キャッツ

スマホの写真フォルダが勝手にアルバムを作ってくれるのはいいとして、そのネーミングセンスはどうなのか。

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ネコだにゃん
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圧倒的な語彙力のなさ。

猫に名前をつけるのは とても難しいことなのです
信じられないかもしれないけれど 猫には3つの名前がある
(中略)
猫は独特な名前を求めている
もっと威厳のある名前を
誇り高くいられるために
顔をあげて生きるために
               ミュージカル「キャッツ」より

アルバムに名前をつけるのは、猫に名前をつけるよりもよっぽど簡単だと思うが、ナメすぎじゃないか。「こんなにかわいい!」「かわいい!」て。


さてさて、映画版キャッツを見てきた。
あの海外で酷評続きのアレだ。テイラー・スウィフトなんか出ちゃってるやつだ。

舞台版は何度も見たことがあったので、映画化されるという話を聞いた時点で見に行こうと思っていたが、あまりの酷評に躊躇していた。
しかし父が「キャッツ絶対見たいんだ、一緒に行こうよ」と無邪気に言うではないか。
「海外でものすごく評判悪いらしいよ」とは伝えたが「そんなはずないよ!!」と父は純粋な心でキャッツを信じていた。

そんなわけで、まあどんなもんか見てみようという好奇心もあり、公開初日に行ってきた。
そして「ああ、舞台って本当によく計算されてできていたんだなあ」としみじみ感心した。

ともかくカメラワークが悪い。
海外のレビューでは「猫の見た目が気持ち悪い」とか「ゴキブリが気持ち悪い」とか言われていたが、何が一番気持ち悪いかってあのぐるぐる回転するカメラワークだ。しかもやたら揺れるのだ。その辺のYoutuberが撮ったのかとさえ思う。
CGで背景もあれこれ作り込んでいるので、画面の情報量が多すぎて目がまわる。


登場人物が多い作品というのは背景がシンプルな方がいいし、猫が目まぐるしく動くところは視点を固定して、自分の好きな猫を探すほうがいい。
でも映画だとカメラを固定するなんてできないもんな。
いろいろ説明も必要だし、わかりやすく単純化もしなければいけないんだろう。
あれも苦肉の策なのだろうか、と同情もするけど、グロールタイガーの扱いの酷さに憤りもする。

今回字幕版で見たが日本語訳もまあまあひどい。特にオールドデュトロノミーが初登場するところ。なんかもうちょっとあるんじゃ…。
オールドデュトロノミーは舞台版ではヒゲぼーぼーの麻原彰晃みたいなおじいさんだったのに、映画版ではジュディ・デンチが演じる利発なおばあさんになっていた。
仙人的存在だと思っていたのに、突然「腹に一物ある策士」みたいな存在になったオールドデュトロノミー。

こちら舞台版

舞台版に比べて猫の数は増えていたが、名前を与えられている猫はわずかのようだった。シラバブはヴィクトリアに吸収合併されていたし、グリドルボーンも出てこない。
ヴィクトリアが主人公のような扱いをされていて、カメラがやたらとヴィクトリアに寄るので、最後の方は「ヴィクトリアもういいよ。お前の物語じゃないんだよ」とちょっと辟易してしまう。
可愛い女優さんなんだけど、常に同じ顔なんだよな…。
映画のために加えられたテイラー・スウィフトの歌もイマイチだった。

帰り際そんな話を父と延々していたところ、父が「せっかく見たんだからなにかいいところも探そうよ!」と言う。
なんてピュアハートなんだ、父よ。
うーん、うーん、映画版キャッツのいいところ…うーん…なかなか出てこない。あの映画のいいところってどこだ。あの映画を一体なんと名付ければいいんだよ。
猫に名前をつけるより、そっちの方が難しい。

昨日一番トキめいたのは予告編で見た「トップガン マーヴェリック」


夏に公開予定らしい。
音楽が懐かしい、トム・クルーズがカッコいい、アメリカが元気だったあの頃!
でもまた公開前になって海外から酷評レビューが出ちゃったりするのかしらね。
それでもきっと父はまたトップガンを信じるんだろう。キャッツを信じたように。
見習いたい、あのピュアハート。

おもてなし力

相撲を見始めて早5年。
初めて国技館に連れて行ってもらった4年前のことを今も鮮明に覚えている。


あれから国技館開催の場所は毎回見に行って、いつも相撲先輩のつるちゃんとまるちゃんに色々と教えてもらって楽しく観戦してきた。おかげで初日も中日も千秋楽も、優勝決定戦も、断髪式も稽古総見も見ることができた。

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2018年夏場所千秋楽の協会ご挨拶
いつもそうしてパーティーの後方で受け身で相撲を見ていた私に、ついに宣教師としてパーティーの先頭に立つ機会がやってきた。
くみちょうさん(id:Strawberry-parfait)とまみこさんが相撲を見たいと言うので、初場所のチケットを取ることに。
相撲先輩のつるちゃんとまるちゃんに「初場所は初めての方をご案内する予定なの」と連絡すると「まめ、相撲観戦人口を広げてえらい」「布教活動頑張ってる」とお褒めの言葉をいただく。
いや~、しかし、二人がしてくれたみたいにあんなに上手にご案内できるかしら、とちょっと緊張。
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運良く2日目のチケットが取れた。
千秋楽も楽しいは楽しいのだけど、ここ最近力士の休場がとても多くて、千秋楽になると番数が少ないので早めの日程ばかりで申し込んでおいた。これが本当に正解で、2日目は横綱2人とも出ていたけれどその後すぐ休場になってしまった。横綱土俵入り見れないんじゃ寂しいもんな。

あとでくみちょうさんのブログを拝見したら、私が初めて相撲観戦したときと全く同じように両国駅の扁額や、はためくのぼりにトキめいていて、「そうそう、そうですよね」と懐かしく思った。
館内を一巡して、ちゃんこも食べて、入待ちへ。
この時点でなんだかもう結構振り回してしまっているような気がしてドキドキしていたけれど、つるちゃんのために栃煌山の入りはちゃんと撮らねば!と日差しの強い中粘らせてもらった。
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つるちゃんの大好きな栃煌山。いつも13時半までに入ることはもう調べがついているのだ。
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私もなかなか顔と名前の一致しない力士が多くて、お二人に上手に解説してあげられないのだけれど、さすがに琴奨菊はわかるので「あれ、琴奨菊ですよ」とドヤ顔でお伝えし、「テレビで見たことある!」との言葉にホッと胸をなでおろす。知らない人ばっか見てるんじゃ面白くないだろうし。
でもすみません、もう少しだけ…と我が身の都合で立ち続ける。
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大好きな琴恵光が見れて嬉しかった。キャー!男前!キャーーーー!
もう、お二人のご案内どころじゃなく、はしゃぐ。
その後ちゃんと焼き鳥もビールも買って、余裕を持って席に戻って十両土俵入り。照ノ富士が戻ってきて本当に嬉しい。
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照、めっちゃカッコよかった。
私があんまり解説が上手じゃない分、後ろにいるやたら相撲に詳しい男児の解説に助けられる。ただ応援力士は大体いつも私と男児は逆であった。ミーハー男児め。まあ、子供だからしょうがない。
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千代丸を応援していた男児には悪いが琴恵光の勝ちだぜ。うへへ。

力士を知らないと、知らない人が出てきて同じことが続くばかりなので退屈しちゃわないかしらと、くみちょうさんやまみこさんを若干心配しつつ、呼び出しリッキーの説明や照強の塩の話などする。
いやはやホント日頃から相撲中継とかちゃんと見て解説の人からいろんなエピソードを聞いて勉強しておかないと、人様を案内するなどなかなか難しいのだ。
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改めて、相撲解説者のすごさも思い知るし、つるちゃんまるちゃんのすごさも思い知る。師匠の教えを次につなげるというのはなかなか難しいもんだ。
我が身のおもてなし力の足りなさを痛感。

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異様な盛り上がりだった遠藤-白鵬
そんな訳で今日は真面目に相撲見て勉強しています。
いつかつるちゃんまるちゃんみたいに上手にご案内できるといいな。
うちの父もそのうち国技館に連れて行かねばならないので…。

卵の思い出

鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。
             ヘルマン・ヘッセデミアン

とか言うとカッコいいけれど、卵にまつわるエピソードを思い出そうとすると、どうしても生活臭い、ちょっとしみったれた、どこか切ない話ばかりな気がする。

やれ昔は卵が貴重品で、だの「クラスの女の子が家でアヒルを飼っていたので、アヒルの卵の目玉焼きをお弁当に持ってきてクラスメイトにからかわれていた」だの。
卵、という存在があまりに身近なせいか、他人のエピソードを聞いても、まるで自分が体験したかのように生々しく身近に感じたりもする。
向田邦子の「薩摩揚」というエッセイには、足の悪い女の子のお母さんが遠足の日に見送りに来て、級長だった向田邦子に風呂敷包みいっぱいの茹で卵を手渡す場面が描かれている。

ずっしりと重い包みの中は茹で卵で、「みんなで食べて下さい」という意味のことを聞き取りにくい鹿児島弁でいって、子供の私に頭を下げた。私は今でも、茶色の粗末な風呂敷と、ほかほかと温かい茹で卵の重みを辛い気持で思い出す。

新装版 父の詫び状 (文春文庫)

新装版 父の詫び状 (文春文庫)

学生時代、日韓学生会議という学生交流団体に所属していて、夏にみんなで韓国に行ったことがある。同期にマサコという非常に変わった女の子がいて、まるでムンクの「思春期」という絵の中の女の子みたいに、いつ突然叫びだすやもしれない緊張感を常に湛えていたのだけれど、そのマサコがソウル行きの飛行機に搭乗するやいなや、いきなり茹で卵を食べ始めた。あたりに漂う茹で卵臭。そこは一気に成田でも飛行機の中でもなく、硫黄臭漂う箱根へと変貌した。
恐る恐る「なんでいきなり茹で卵?」と聞くと彼女は真顔で答えた。
「飛行機に乗るのが初めてだから気持ちを落ち着かせたい」
「ゆ、茹で卵を食べると気持ちが落ち着くの!?」…と誰もが思っていたけれど誰も口に出せずに黙り込んだ。
あの腫れ物感と茹で卵の匂いのやるせなさは向田邦子のエッセイのようだった。

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子供に大人気のこの物語さえ、最近では卵を奪われた鳥の気持ちの方が気にかかる。

さて、12月にはくみちょうさん(id:Strawberry-parfait)に忘年会で神保町の中華料理屋さんに連れて行ってもらった。くみちょうさんが以前から何度も「美味しい」と絶賛していたお店。とてもスパイスが効いていて、中華とエスニックの融合みたいな感じで美味しかった。
そこでくみちょうさんが「ピータン豆腐」を注文してくれたので、本当に久々にピータンを食べた。

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こんな感じのやつ。
人生で一番最初にピータンと出会ったのは、学生時代アルバイトをしていたバーミヤンだ。これまでウェイトレスをしていたけれど、ちょっと接客に疲れて厨房のアルバイトに応募したのだ。あれは本当に体力、瞬発力、判断力の問われる仕事だった。毎日餃子に追われた。

土日は開店前から入って、仕込みをする。
餃子マシンを立ち上げ、試し焼きをする。米を沢山研いで、すぐに炊く分とストック分に分ける。ザーサイを塩もみして味付けし、小皿に10段くらいセットする。フライヤーに油を張って電源を入れる。卵を一つ一つ確認しながらボウルに割り入れたあと、混ぜて濾して卵液を作る。調味料やタレを全部、きれいに洗ったホテルパンにセットする、トマトやレタスを切っておく。小さなセイロにシウマイを10段くらいセットする。引き出し型の蒸し器の電源を入れて、温度があがったらシュウマイと、そして大きなセイロに4つくらいピータンを入れて蒸す。
初めて見るピータンは、わけのわからないものに包まれた爆弾みたいで、しかも蒸している間なにか泥のような変な匂いがするので恐ろしかった。
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蒸しあがったピータンの藁と泥を洗い落とし、殻を剥くと、コーヒーゼリーみたいな色の卵が出てくる。それを言われたとおりに恐る恐る切っていると、社員の人が「ピータン食べたことない?じゃあ1個味見してごらんよ」と言って食べさせてくれた。
あれが人生最初のピータンだった。
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昨日は、中華食材をあれこれ買いに中華街へ行ってきた。そうしたらピータンを見つけてしまい、「あ、こないだ食べたピータン豆腐が作れるな」と買ってきた。久々だし一応ネットで食べ方を調べると「そのまま殻を剥く」と書いてある。「え?蒸さないの?」と驚いて、更にいろいろ調べたところ、そのままでも食べられるが蒸すことによって臭みが消えて食べやすくなるとのこと。
ああ、そうか。だからバーミヤンではわざわざ蒸していたのか。今更納得して、私もピータンを蒸した。

台所にもわっと広がる、あの泥のような独特の匂い。
それを嗅ぎながら、あのハタチの頃の、餃子に追われた日々を思い出していた。本当に忙しくて大変だったけど、楽しかった。ランチのピークがすぎた後、みんなが休憩に入った静かな時間に油を掃除したりディナーに備えて補充をしたりする地味な時間が好きだった。ものすごい大失恋をしたのもあの頃だった。泣きながら洗浄機を回していた。
ちょうど卵の中から抜け出して大人になろうとしていた時期だ。
あの日がなかったら、きっと自宅でピータンを食べようとは思わなかったな。
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久々に見たピータンのきれいな松葉模様。

卵の思い出っていうのはどうしたっていつも生活くさくてしみったれて、カッコ悪い、生々しくてやるせない。
あーあ、いろいろあったな、と少し笑ってしまいながらピータン入りのお粥を食べた。

沼に落ちて

あけましておめでとうございます。

2年前の年末は蘇州と上海へ行った。その時知っていた中国語は「你好」「謝謝」「再見」くらいだったが、漢字とカタコトの英語でなんとか乗り切った。

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盲人按摩て…!!なんという鬼直球…!!、と驚いて撮った写真
時は流れ、ずーーーっと放ったらかしにしていた語学アプリからお知らせメールがやってきた。「今度中国語コースも始めたからやってみて」
久々に語学アプリを開き、ヒマなこともあり面白そうだからとヒンディと中国語とフランス語を始めてみた。でもフランス語はまず、むにゃむにゃしてて何言ってるかわからない。ヒンディは文字がヤバすぎた。文字と発音の組み合わせがまったくわからない。そこへ行くと中国語の素晴らしさよ。漢字ではないか!!!漢字知ってるし!!
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ムリすぎ。
けど、よくよく見れば、文字これだけだもんな。西洋人が漢字を覚えるときの絶望に比べれば全然マシなんだろう。
しかしもはや私には新たな文字を覚える気合はないので、漢字わかる!と中国語コースをすすめることにした。
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どんなシチュエーションなのか…
別にただの趣味なのでゲーム感覚で面白いなと思ってやっているだけなのだが、ちょっとハマり、Youtubeでも中国語関連の番組を見たりする。
するとまあ当然のことながら「歌で勉強しよう」「ドラマで勉強しよう」という語学にありがちトピックにぶち当たる。その中で紹介されていた中国の時代劇「琅琊榜」。
これがヤバすぎた。
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どれくらいヤバいかと言うと、全54話(1話約40分)を3日で見終えるほどに。
この私が…!私ともあろう者がニューイヤー駅伝も、箱根駅伝すら見ないほどに。リアル野球盤の録画すら忘れるほどに!!
延々と見続けてしまうので、猫にも「早く寝ろ!」「俺達のメシは!」と激怒される正月だった。
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オレ達は育児放棄された可哀想な猫です!
夜中まで見続けたので、見終わったら少し風邪もひいた。
最後まで見終わったら、今度はゆっくり1日1話ずつ見ようと思っていたが、2度めは「ああ!これがあの時の伏線だったのか!」などと気付くことも多く、ついつい2話、3話と見てしまう。FODの1ヶ月無料期間を使って見ているが、このままではこの1ヶ月の間に54話を3周はするだろう。
…これが世の中で言われる「沼」というヤツなのか…。
「沼にハマる」ってこういうことなのか。普通の生活ができなくなるのだな…と痛感した2020年の始まり。

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これを機に中国の歴史ドラマいろいろ見てみようかな、と思っていたが、琅琊榜ひとつでこんなになるなんて怖すぎて他のドラマに手を出す勇気がない。
生活を賭ける勇気のある人は是非、一度見てみてほしい。

梁の時代の王権争いをテーマにした大河ドラマで、ものすごく面白い。
元気だった頃の東映時代劇みたいに、いい俳優といい脚本でできている。
悪役すら人間味に溢れている。
梁と言えば西暦500年頃だ。日本はまだヤマト政権ができるかどうかの頃で、相当中国に影響を受け、憧れ、学ぼうとしていた頃だろう。
ドラマを見ていても端々に日本の文化のルーツを感じる場面が出てくる。
着物の袂をおさえるマナーとか、旅立つ人をずっと礼をして見送るだとか、何よりお茶とミカン。
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謀議をしながらお茶を飲んでミカンを食べるシーンが多いので、こちらも遠慮なくお茶を飲んでミカンを食べながらドラマを見る。まるで自分も謀議の一員になったような気分だ。
あと面白いのが、宮廷のお妃様たちが「娘娘(にゃんにゃん)」と呼ばれているところ。
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裏切った女官たちが「にゃんにゃん!にゃんにゃん!!」と訴えたりしていると、私は放ったらかしていた猫の存在を思い出し、「にゃんにゃん!!」と猫に駆け寄ってはイヤな顔をされるのであります。
しばらくこの遊びは続くから、覚悟しておれ、にゃんにゃん。
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沼は深いのだ。

妄想民族

昨夜は父とレイトショーで周防監督の最新作「カツベン!」を見てきた。

なんと観客は私と父の二人きりであった。まだ封切りされて間もないのに何たること。スター・ウォーズターミネーターやアナ雪に押されているのだろうか。
映画の黎明期を題材にした物語なので、テンポはわりとゆっくり目で2時間半くらいある長い話だ。

一番最後にスクリーンに「かつてサイレント映画の時代があったが、日本には存在しなかった。なぜなら活動弁士がいたから」という説明が映し出されて、そうなのか、と驚き、父に「あれは日本独自の文化だったんだね」と感想を伝えたところ、父は得意げに「ほら、映画の中でもあの昔の弁士が言ってただろ、”言葉はいらない、見ればわかる”って。西洋の映画はそれなんだ」と言う。

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言葉はいらない。見ればわかる。何が起きたか。猫。

以前に河鍋暁斎歌川国芳の浮世絵で放屁合戦や水滸伝を見たときに、「ああ、漫画的表現というのは日本の伝統芸能なのだな」としみじみ感心したことがある。
また、そんな江戸時代の絵師たちが西洋画にものすごく刺激を受けていたという文献にも衝撃を受けた。彼らが何に驚いていたかって「見たものをそのまま描く」という西洋の手法に驚いていたのだ。

ああ、そうか。そう言えば日本では「見たものをそのまま描くってことしないよなあ」としみじみ思う。何故かしら。
何故見たものをそのまま描くということをこの国は選択しなかったのかしら。とても不思議だ。

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有名なこちらとか。
今で言うところの「映え意識」で盛り盛りだ。時空まで歪めるアレだ。
サービス精神旺盛というか、「俺の目に映る景色はコレだから。常に美しいものを見たいじゃん?」とか言う意識の高さ故か。
波のありえない高さ。そして富士山の鋭角さ。
そりゃあ太宰治も驚いて書きたくもなるだろう。

実際の富士は、鈍角も鈍角、のろくさと拡がり、東西、百二十四度、南北は百十七度、決して、秀抜の、すらと高い山ではない。
                太宰治富嶽百景

だがしかし、我々観る側もこれを求めてきたのだ。見たままありのままを表現してくれるよりも、映えを意識して加工してほしかったのだ。事実を事実として見るよりも伝える側の美意識や想像力をそこに加えてほしいのだ。

活動弁士の物語でも随所でそういうことを感じた。
弁士の力でつまらない映画も面白くなり、面白い映画もつまらなくなり、悲恋がコメディにも、コメディがシリアスにもなり得る。
見ればわかる映画にいろんなフィルターをかけることができて、そして我々日本人は「見ればストーリーがわかる」ことよりも弁士のフィルター表現の方を選んだのだ。


面白いもんだな。想像の余地、妄想の余地が大好きなのだな、我々は。
だもんで寅さんの啖呵売だって大好きなのだ。あんな風につるつると話されたら、つまらないゴム紐でもしょうもない雑誌でも買ってしまうのだ。
帰り際、車の中で上機嫌で忠臣蔵の弁士を演じる父と、次は寅さんを見に行く約束をして別れた。
もう亡くなった寅さんはどんな風に蘇るのかしら。そこにだって、想像も妄想も止まらない。
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