何を見ても何かを思い出す

「とにかく、素晴らしいストーリーだ。ずいぶん昔に読んだ小説を思い出したよ」
「きっと、何を読んだり見たりしても、何かを思い出すんじゃない、パパは」

蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす: ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)

蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす: ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)

ゴールデンウィーク
予定通りなら今頃はマルタ島にいるはずであった。猫が来る前の予定通りなら。
せっかくの10連休だから、ヨーロッパへ行こうと思っていた。街中よりもリゾートっぽいところ。治安もいいというマルタ島で岩合さんの猫歩きみたいに、猫を追いかけてぶらぶら街を歩いて、木陰でヘミングウェイなんか読んで、のんびり過ごそうと思っていた。
f:id:mame90:20190501132550j:plain
大体、理想的な旅行ってそういうものだ。ここよりも暖かい場所で、太陽の下をのんびり歩く。行きたい場所もあるけど何の予定もない日もある。木陰や海辺で本を読んで、昼寝をしたり、カフェでビールを飲んだり、猫をなでたり。
そんな風にすごすはずだったが、家にいる。

そして、図らずもそんな風に過ごしている。
なんの予定もなく、のんびりと。猫をベランダに放して日向ぼっこをしながら本を読んで、お茶を飲んで。
すこし肌寒くても曇っても、猫はいつでも日向の石畳の匂い。存在が既にヨーロッパ。
そして、極めつけに、スーパー銭湯という名のエデンの園が、私にはあるのだ。

それは南国のような温かさと湿度にあふれる場所。休憩ラウンジで人々の喧騒を遠くに聞きながらヘミングウェイを読めばそこはもうリゾート。
スパリゾートハワイアンはこの時期混みあっているかもしれないが、地元の地味なスーパー銭湯はかえって空いている。
…そうか、何ものんびりと本をを読むために何時間も飛行機に乗る必要はなかったのか。歩いて行ける場所に楽園はあったのだ。
読書につかれたなら風呂に入ればいい、昼寝をするのもいい。恐ろしいほどいくらでも眠ることができる。ビールを飲みたくなれば、お食事処に行けばいい、エステがご希望ならもちろんある。
…完璧ではないか…!!

旅行をとりやめたのは、猫を預ける費用、現地でかかる費用、そして何をしていても、マルタで猫に出会っても、家の猫を思い出してしまうであろう、ということが決め手だった。
今、家にいて、この選択は間違いではなかった、としみじみ実感している。

結局のところ、私はのんびりと好きに自由にすごせる時間が欲しかっただけなのだ。
のんびりしていないとなかなか読み始めることのできない「海流の中の島々」を読もう、と思えるだけの余裕が欲しかっただけなのだ。
どこにいても何を見ても、結局はのんびりする時間があれば良いだけなのだ。気持ちがのんびりしているだけで、旅先の風景もいつもの風景も、忙しない日々に見るより美しく映る。
通勤途中に読む本よりも、海辺や陽だまりの公園で読む本は違った印象を持つ。2日間しかない週末にぼーっと食べる朝食よりも10日ある休みの朝に食べる朝食の方が鮮やかに思える。雨を眺める午後さえいいものだ。
f:id:mame90:20190501134532j:plain
そんなわけで、マルタ島に行くよりもスケールは小さいかもしれないが家で楽しくリゾート気分を満喫している。
馴染みの猫をなでて、なんだかもうどこにも行かなくていいような気分にさえなりながら。
この気候のいい5月に10日間も連休をくれるなんて、天皇陛下、どうもありがとう。