読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

君拾帖

すきなことだけてきとうに

亀は支える

好き、というわけでもないが、何故だか気になってしまうもの。
きのこ、貝、イカ、タコ、ダム、体毛、フォント、そして亀。

生きている亀も

剥製の亀も

石の亀も。
このサグラダ・ファミリアの亀は「時が経っても変わらない、普遍のもの」の象徴だそうだ。なるほど。

そしてこれは金毘羅さんの参道の亀。見つけた時、ハっと息をのんだ。
サグラダ・ファミリアの亀と同じ!」
初めて知ったことだが、これは亀趺(きふ)と呼ぶのだそうで、この亀は「贔屓」という中国の伝説の生き物なんですって。

贔屓は龍が生んだ9頭の神獣・竜生九子のひとつで、その姿は亀に似ている。重きを負うことを好むといわれ、そのため古来石柱や石碑の土台の装飾に用いられることが多かった。日本の諺「贔屓の引き倒し」とは、「ある者を贔屓しすぎると、かえってその者を不利にする、その者のためにはならない」という意味の諺だが、その由来は、柱の土台である贔屓を引っぱると柱が倒れるからに他ならない。 wikipediaより

重きを好むのか…。なんだか人間の都合のようで疑わしいが。
f:id:mame90:20170425211521j:plain
そう言えば古代インドの人々も地球はこんな風に蛇と亀と象が支えてるモンだと思ってたんだっけ。
洋の東西を問わず、人間にとって亀とは支えるもの、重きを背負わせるものなのだな。


さて、これは江ノ島の土産物屋の亀。
海辺の土産物屋には必ずこんな風に亀がかけられている。
そして老人の家にもよく亀がかけられている。

となり町までバスに乗っていく道すがら、坂の途中の家の居間に亀がかかっているのがいつも見えた。亀がかかっているくらいだし、玄関から門扉まで手すりもついているし、高齢者がお住まいなのだな、と思いながら亀を見つめた。
谷まで降りていく、ちょっと憂鬱な坂だけれど亀が見えると「あ、亀だ」と少し元気がでたものだ。

しかし、その家に去年「売家」の看板が下げられて、亀のかかっていたリビングはからっぽになっていた。

ああ。
亀は長寿のお守りだからねえ、なんて期待を背負わされた亀はどこへ。
亀の存在に支えられていたであろうおじいさんだかおばあさんはどこへ。
あーあ。
これからはこのちょっと憂鬱な坂道、亀を見ることはないのか。
ああ、ああ。
西洋では「変わらないものの象徴」だって言うのに、変わっちゃうんだな
今になっても、あの家の前を通る時「亀がかかってた家」としんみり思う。

ダーウィンは航海中や研究中、亀に支えられていた。
私も結構、あの亀に支えられてたみたい。

広告を非表示にする

曲がり角ごとの驚きⅥ 貝ともにいまして


地図に貝塚と出てきたのでふらっと立ち寄った。
割りとカジュアルにその辺にあるもんなんだな、貝塚

これは神奈川県立生命の星・地球博物館に展示されていた縄文人が食べた貝。アサリ、ハマグリ、マガキ、オキシジミ、今と変わらぬラインナップ。

こちらは横浜市歴史博物館に展示されていた弥生時代の食事。
貝の煮物だかスープだか。
これだけ昔から、人は貝を食べ、貝とともに生きてきたのだ。

深川江戸資料館の復元長屋にあるむきみ屋。貝をむき続ける仕事…。

同じく深川江戸資料館復元長屋の共同ゴミ捨て場。割れた茶碗、ホタテ貝。
構成要素は貝塚と変わらないのだな、となんだかしみじみする。


貝とともに生きてきたので、貝殻もあれこれ利用される。
国芳の「朧月夜猫の草紙」では鮑の貝殻が猫の食器として描かれている。
現代語訳の本を購入したのだが、当たり前のように「江戸時代、猫の食器と言えば鮑の殻」と書かれていて、そそそそうなのか・・・と恐れ入る。

海外の人も貝殻を活用。サグラダ・ファミリアの手洗いボウルは巨大貝殻。

貝モチーフだらけの門扉。
スペインにはサンティアゴ巡礼の道があり、巡礼のシンボルが帆立貝なので、そのせいかもしれない。
ちなみになぜ、帆立貝がシンボルなのかについては諸説あり

・聖ヤコブが持つ杖にホタテ貝が付いていた
・聖ヤコブの生家は漁師でホタテ貝を紋章としていた
・巡礼者がホタテ貝を食器代わりに使っていた
・巡礼者がサンティアゴへ行った証明にガリシアの海岸でホタテ貝を拾ってきた

などと言われているだそうだ。
そうか、スペインの巡礼者も貝を食器にしていたのか。
尚、「貝の家」というのもスペインの巡礼の道にあるらしい。
居酒屋みたいな名前だな…。


三崎港近くの民家の植木鉢に刺された帆立貝。そう言えば植木鉢にはよく貝殻がまかれている気がする。カルシウム補給だろうか。

城ヶ島小桜姫神社の絵馬は帆立貝。なるほど…こんな活用法もあるのか。

それでこちらは我が家のエアプランツを仕込んだサザエの貝殻。
伊豆でご飯を食べたお店の入り口に「ご自由にお持ちください」と山積みにされていた。浮かれはしゃぐ私をお店の人が生温い目で見つめていたっけ。
でもほら、これで私も貝とともに生きていける。人々が昔からそうしてきたように。

ちなみにタイトルに拝借したのは「神ともにいまして」という賛美歌だが、なんとドラマ「私は貝になりたい」の挿入歌に使われたらしい。
どこまでも貝がつきまとうな。貝はいつでもあなたのそばに。

広告を非表示にする

あばずれ

数年前、なぜだかクリームパンに凝りだして、あちこちのクリームパンを食べてはブログにあれこれ書いていた。
批評ってほどのものでもなく、ただただクリームパンにかこつけてつらつらと。

110ものクリームパンの記事。
110個のクリームパンを食べ続けてわかることは、世の中にはハズレのクリームパンの方が多いということだ。
まるでヤマト糊みたいに粘度が高くて味の薄いカスタードクリームや、やたらと香料の強いカスタード。クリームとパン生地のバランスが悪すぎるものもあれば、水でふやけたようなぐにゃぐにゃのパン生地もあった。

それでも、パン屋があればついふらふらと入ってはクリームパンを探し回っていたあの頃。
あまりに裏切られすぎて「もうクリームパンなんて信じない」と思ったり、「これもまたまずいんじゃないか」と怯えながらも義務感のようにクリームパンを手にとっていた。

そんな私がクリームパンを語るには、薄暗い飲み屋の片隅で煙草をふかす疲れた顔のあばずれみたいな風情がお似合いだ。
「いろんなクリームパンを見てきたのよね」
「次こそは、次こそはっていっつも期待しては裏切られてね」
「それでも毎回クリームパンに引っかかっちゃうんだから、あたしもバカな女だね」
「小洒落たお店の気取ったヤツほど食えないクリームパンでね」

あの頃一番好きだった、誠実かつ堅実なセブンのクリームパンは、もうなくなってしまった。
古いiPhone4Sの中は今でもクリームパンの写真でいっぱい。

世の中に、ラーメン好きの男性は多くいて、ラーメンを食べ歩いてブログをあげたり、体を壊すほどにラーメン二郎に通いつめたりする人もいる。
あの人達はラーメンに対してあばずれにならないのだろうか。
「またハズレかもしれない」と怯えながら暖簾をくぐったりしないのだろうか。
ラーメンはクリームパンに比べて当たりハズレが少ないの?
それともAKBなどのアイドルへの熱中具合のように、男の人は丸ごと信じて夢を抱き続けられるものなのかしら。
ラーメンが自分を裏切るはずがない、ラーメンが美味しくないと思うのは自分が悪い、なんていう風に。


今朝、会社の近所の裏道にまるでたばこ屋みたいな見た目のパン屋があって、本当に久々にクリームパンを手にとった。
別れた男に会った時みたいなきまずさで。
「また傷つくかもしれないよ」と自分に言い聞かせつつ。

外側のパンは給食のコッペパンみたいで照りのない、地味な見た目。
怯えながらかじったクリームは癖のない、普通のクリームパン。
普通のクリームパン!

私、まだ普通のクリームパンに出会えるんだ…。
そんな風に恐る恐る喜ぶ、私は正真正銘クリームパンのあばずれ。

広告を非表示にする

架空と現実

モンシロチョウの幼虫の住み家であり、潰した青虫とおなじ匂いのする甘藍が、この漫画のクライマックスを支配する輝かしいキャベツたりえようか?ぼくは現実の甘藍を拒否し、架空のキャベツに夢想の核をおくことを選んだのである。
(中略)
そこでぼくは、書物のうちなる架空の言葉を、架空なままに受けとって楽しむことで、自分としてはどうにもうまく関係づけのできない現実の事物から遠ざかることにしたのである。
           大江健三郎「壊れものとしての人間」より

年の離れた弟が高校受験に失敗した時に言った言葉が傑作だった。
高校ってホントに落ちるんだな
当たり前じゃないかと笑いつつ、その「現実感のなさ」がわからなくもなかった。
「受験」なんて世間で大騒ぎされているお祭りが自分の身の上にも現実の重要な出来事として降りかかるのか、まるでフィクションの世界にいるようにふわふわする感覚。

きっと厳しい大人は呆れ返ることであろう。現実逃避だと。その通りですね。
でも私もそうだった。そして今でもわりとそうだ。

子供の頃住んでいた町は、丹沢山地に程近く、すぐ後ろにたつ富士山を丹沢の山々がきれいに隠してしまっていた。
だから思っていた。テレビや図鑑にのっているあの富士山は、きっとどこかすごく遠いところにあるんだろう。
もしくは実在しないに違いない。

まさかあの丹沢の後ろに実在しているなんて思わなかったから、今でも富士山を見ると「こんな近くにあったのか」と少し不思議な気持ちになる。

去年の夏はスペインに行った。
父が「死ぬまでに一度サグラダ・ファミリアが見たい」と言うので、この機について行かなければ、私も一生見ることはないだろうと思ったのだ。

これを見に来たのに、いざ目の前にして、ガイドブックと同じだな、本当に普通にあるんだな、と思いながらガイドブックと同じ写真を撮って、なんだかこれが現実なのかフィクションなのかわからなくなる。

小学校にあがる頃、父親が子供用の図鑑をずらっと揃えてくれた。「昆虫」は気持ち悪いから見なかった。「人体」も苦手だった。印象に残っているのは「日本」という図鑑で、各県の特徴などが写真付きで載っているが、そこに千鳥ヶ淵の桜の写真があった。

まずもって皇居の存在自体が子供の私にとって現実のものと思われなかったし、お城の周りに「千鳥ヶ淵」なんて素敵な名前の場所があって、桜も美しくてボートが浮かんでるなんて完全にお伽噺の世界のように思えた。

ここ数年、九段下の会社に勤めるようになって、生まれて初めて靖国神社千鳥ヶ淵に行った。
そして毎年千鳥ヶ淵の桜を見るようになった。

見るたびにいつもあの図鑑を思い出す。そしてあの図鑑の中の世界に今いること、あの世界が実在したということに何度だって驚いている。
きっとまだ現実感がないんだ。

広告を非表示にする

曲がり角ごとの驚きⅤ 201603築地・はたらくくるま

「11月には豊洲に移転しちゃうから、築地を見ておく?」と水産物輸入業に従事していた友人に誘われ、人生初の築地市場に行ったのは去年の3月。

朝3時30分、ホテルの窓から見下ろす場外。こんな時間でも車がたくさん。

場内では、高速で行き交うターレーに圧倒される。乗ってみたい…。

大量のトロ箱を延々と積み上げるブルドーザー。
f:id:mame90:20160312084026j:plain:w350
そびえ立つフォークリフト

叙情あふるる「食事の店しれとこ」のトラック。羅臼か…。
今にも田中邦衛唐十郎がふらっと現れそう。


いちばん驚くのはどこにでも無造作にある、この荷車?リヤカー?台車?何?

なんでも「小車」というらしい。
市場の「小車」 (こぐるま): 築地 魚がし 小田原町

年季の入った働き者。

駐車場?

チャリのおじさんに牽引されていたり。

マグロが安置されていたり。


こういう場所でのホンダ率の高さよ。世界一の働き者スーパーカブ

ジャイロも多い。

フュージョンも頑張る。

自転車だって頑張る。ガムテープでチェーンカバーを補強されて。

自転車屋さんも早朝から働く。言わばピットクルーみたいな存在だもんな。

尚、屈強なスタンド、屈強な荷台を持たぬママチャリは焼き網使用でそれなりに運搬可能に。

人もくるまも、皆誇り高く自信に溢れ、エネルギーに満ちているように見えて、
おかしな言い方かもしれないけれど、まるで日本じゃないみたいだった。
移転問題が早く落ち着く所に落ち着くといい。

広告を非表示にする

ロビンソン

新しい季節に大きな買い物をした。電動アシスト付き自転車。

パナソニックの買うつもりが一目惚れでYAMAHA PAS。二桁万円。震える。
でもまあこれで、免許を持たない私でも、電車とバスをやたらと乗り継がなければ行けなかった場所にも行けることだろう。
リス園だとかズーラシアだとか。

河原の道を自転車で走る私。

思い出のメコン川

大げさなエピソード@高知城。「ITAGAKI may die, but liberty never!」
尚、板垣は刺されて死んでない。天寿を全う。

疲れてなさそうな屈強な肩でぶら下がる猿。

しかめつらまぶしそうなライオン。

「お父さん!見て!すんげーデッケーふんころがし」と男児
同じセリフ同じ時、私も思わず口に出しそうだった。
f:id:mame90:20160823201505j:plain:w350
スペインでありふれたビール「mahou」のレモン味。
マホウ!と思ったけど実はマオウだって。激甘。

誰も入れないリスだけの国。お触りは可。

母の手を絶対離れない子猿。

大きな力。

水中に浮かぶアザラシ。死体みたいだけど死んでない。

ルララと鼻歌うたって自転車で帰る。
宇宙の風になるほどのスピードは出さず。

ロビンソン

ロビンソン

広告を非表示にする

貝塚と坊っちゃん

先日、ふらっと出かけた東京都埋蔵文化財センターの資料スペースで、「板橋区立郷土資料館 平成21年度秋季特別展“貝塚に学ぶ -考古学者・酒詰仲男と地球環境”」という本に出会った。

ちょうどすぐ横に貝塚の貝層剥ぎ取りパネルが置いてあったこともあり、ふーん、貝塚ねえ…と何の気なしに手に取ったが、冒頭の

酒詰仲男は、当時の他の多くの考古学者がそうであったような「考古ボーイ」と呼ばれる中学・高校時代からの考古学好きの少年ではなかった

という一文でコロっとやられ、酒詰仲男本人の著書「貝塚に学ぶ」を早速図書館で借りてきた。

現在は新装版しか販売されておらず、このタイプは既に絶版だ。
発掘された人骨と同じ姿勢で映る酒詰仲男。ちょっとヒロミ似。

この本の内容を要約してあるのが、板橋区立郷土資料館特別展の資料なのだが、とにもかくにもこの酒詰仲男という人は不器用で周囲とうまく折り合えずに孤立して研究所を離職したり、貧乏なせいで嫁に逃げられたり、誤解が元で特高につかまって教職を失ったりと、苦労が絶えない。
本人は大変なのだと思うが、淡々とした口調で書かれる文章が非常に面白くニヤニヤしてしまう。

考古学を始める前は開成中学で英語教師をしていたが、当時のことをこう書いている。

人間はすくなくとも、昼食にはカレーライスくらいは食うのが常識と心得ていた。ところが昼がくると、大部分の教師は素うどん一杯である。それを二、三十秒でするすると腹へ流しこんで、あとは涼しい顔をして髯をふいている。私は天丼、親子から、あんかけくらいまでさげたが、ついにある時、「U先生ね、君も知っとるだろう。あの先生は毎日天丼を食っていてころりと若死したよ」という、変ないいまわしの皮肉を、隣りの教師から浴びせられた。ところが一ヶ月も経って気がついてみると、いつの間にかこの自分も素うどん党に同化しているのに気がついた。

夏目漱石坊っちゃんの中でも、主人公が「天麩羅四杯食べた」と生徒に囃されるが、先生もつくづく大変なもんだな。この文句の付け方も完全に坊っちゃん

到着した晩にまずわれわれの歓迎会があった。村長、校長をはじめ、村の助役、その他が集ってきて、会場は小学校の別棟の五、六十畳敷の大広間である。
 したたか酒をよばれて、その大広間の中央に二つ床を敷いてもらって寝たのであるが、夜尿意をもよおして、さてどこが出口か、燈が消えて真暗なので、これにはまいった。

このエピソードの要不要はともかくとして、これも松山に着いて旅館の十五畳敷きの部屋の真ん中に眠る坊っちゃんみたいだ。

この坊っちゃん、考古学の勉強がしたくて、大山柏公爵が主宰していた「史前学研究所」の門を叩き、無給でもよいから研究所の研究員にしてくれるように頼み込んだということもあり、入所後はりきって関東の貝塚を根こそぎ調査する。が、それが他の研究員に煙たがられて、結局研究所を辞めてしまう。
後に長谷部言人氏から人類学教室嘱託の職を紹介されたときにはようやく浪人の身から開放されたと男泣き。

また、最初の奥さんと離婚後に知人の紹介で再婚するが、新しい奥様は相当気の強い人だったのだろう。まえがきの文章がやたらと男らしい。

学問の世界で、閥も、金も、後ろ盾もない一個の人間が、一生にどれだけの仕事ができるか。なくてもこれくらいは出来るんだということを、世間の奴らに示してやりたい、とひたむきな学究生活がつづいていた。(中略)
またあるときは、天皇陛下の御前に出てこれは真なりと断言できる学問をやろうと、豚箱のなかで自分に誓ったことを述懐した。

豚箱…。奥様…。
文章の端々に周囲との軋轢に納得行かなかった憤りが表現されており、似たもの夫婦だな、と実感する。
ちなみに皇居内旧本丸西方貝塚調査の際、昭和天皇・皇后両陛下にご説明申し上げる栄誉に浴して夫婦で号泣したそうだ。

貝塚に関係有ること、ないこと。恨みつらみも晴れがましい気持もうっかり体験も尿意も書かれた、とても人間臭い貝塚の本。
こんなの読んだら、こちらもすっかり貝塚を掘ってみたい心持ちになるが、史前学研究所で疎まれるくらいに酒詰仲男が調べ尽くした後だもんな。

仕方ないから酒蒸し後のあさりを集めて、なんだか捨てられなくなる。
埋めて5000年待てばいいか。夢十夜よりも長くかかるな。

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

広告を非表示にする