君拾帖

■くんしゅうちょう■  すきなことだけてきとうに

あなたに会えて

あなたに会えて良かった、というタイトルにしようとした時、最初に思い浮かんだのはキョンキョンが可愛く歌う、パパとなっちゃん的な「あなたに会えて~良かったね~きっと~私~♪」だったのに、師走だもんで、いざ歌いだしたら「あなたに、会えて~よ~か~った~↓」とあの鐘が盛大に鳴り響き始め、もうパパとなっちゃんには戻れない。

しみじみいい歌だな。
なんかよくわからないことであれこれ叩かれて和田アキ子も紅白に出なくなってしまったようだけど。

いまだに真相のよくわからないことをメディアは面白がって騒ぎ立てているけれど、日馬富士が優勝した秋場所千穐楽を見に行けて良かった。

私は毎日、yahooニュースの見出しだけで傷ついてしょんぼりしているが、八百長問題も越えてきた先輩相撲ファンの友達はさすがに落ち着いたもので、「私がちゃんこ番やるから、鍋でもしよう」などと励ましてくれる。
初場所の計画も着々とすすめられ、既に初場所観戦後は相撲茶屋寺尾に行く手はずも整っているらしく、今日、詳細の連絡が来た。
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宴会なら両国のちゃんこ鍋「相撲茶屋 寺尾」

あらやだ、なんだか初場所がものすごく楽しみになってきた。さすが相撲先輩。長年相撲ファンやってきただけある。どっしりとした落ち着き、まさに横綱。頼もしい。
こんな時、相撲ファン友達がいてくれて本当に良かったわ。あなた方には希望の匂いがするもの。つまづいて傷ついて泣き叫んでもさわやかな希望の匂いがするもの。…阿久悠って本当に天才…。

そして何より、今年一番出会えてよかったのは埼玉のコアラ達ですよ。
仕事が忙しくても、怖いニュースを見かけて眠れなくなりそうなときも、相撲のニュースでへこんだ時も、嫌なことばかり考えそうになるときも、コアラの写真を眺めることでしのいで来れた。

だってこんなむちむちボディ見たら、ただただニヤニヤしちゃうもの。コアラの写真を見せたいがためだけに年甲斐もなくInstagramなども始めてみた。それが結構楽しいのもコアラのおかげ。
雨の週末は動物園が空いているからコアラに会いに行く。雨の週末が楽しみになったのもコアラのおかげ。

コアラは今、眠りの中。
あの鐘を鳴らすのは友達とコアラ。それで私結構幸せ。

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悲しくてやりきれない

あの報道が出た次の日、私は何も知らずにいたら、朝会社で来る人来る人皆が言うのです。
「まめさんおはようございます。日馬富士大変ですね」「貴ノ岩ヤバいすね」
それでニュースを調べたけれど、まさかこんなことになるなんて思わなかった。

普段は相撲を見やしない、貴ノ岩の顔すら知らない人たちが口々に言う。
相撲協会がー」「モンゴル人がー」「貴乃花親方がー」
相撲友達はみんな無言だった。だってみんな傷ついていたから。
報道は日に日に加熱していって、あることないこと言うし、テレビで使われる貴ノ岩の画像だって、全然関係ない時の顔の傷のついたもので、ああ、本当にメディアって作為的なんだなあ、と呆れもしたし、怒りもした。

あの美しい背中の横綱が、こんな形で引退してしまうなんて、本当に本当に悲しくて仕方がない。
暴力を肯定しようなんて思っていない。ただただ心の底から哀しい。

仙台場所、「休場者が多くて申し訳ない」ってわざわざ横綱を締めるところを見せてくれた。責任感がとても強いんだなと思った。初めて相撲を見る友達と一緒に行ったけど、友達も「やっぱりオーラが違うね」って言ってた。

これは9月場所千穐楽の優勝決定戦。本当は自分だって満身創痍で休みたいはずなのに、三横綱が休場だから最後まで頑張って出続けて、そして勝ってくれた日馬富士

5月場所の稽古総見。大関昇進の期待がかかる高安が白鵬から可愛がりを受けて悶絶して、水をかける日馬富士
どれだけいい所があっても、どれだけ今まですごい所をたくさん見せてくれていても、一度の過ちで、こんな形であの人は引退させられてしまうの?

国技館のこの四横綱パネル。昨日、日馬富士の分が撤去されてしまったらしい。
何が一番悔しいか、何が一番嫌かって、相撲なんて見もしない人たちが、何も関係のない人たちが、正義感を振りかざして余計なことをあれこれ言うこと。
「品格がー」「品性がー」って言うその口が、下品に歪んでいることには気付かずに。
思えば歌舞伎役者の奥様が亡くなった時だってそうだった。佐村河内の時だって、不倫議員の時だってそうだ。
世の中の暇な人達は、どうして他人の所業にあれこれ言うことで、自分を「正しい人間だ」とか「心の優しい人間だ」「品格のある人間だ」と思いたがるんだろう。
罪のない者だけが石を投げればいい。自分のことを気にすればいい。
他人を貶めることよりも、自分が良くなることを考えればいい。
それが「品格」ではないかしら。

毎日、ニュースがチラっと目に入るたびに、悲しくて泣きそうになる。
これは本当に引退しなければいけないほどのことだったのかしら。殺人者のように許されないことなのかしら。人は少しでも過ちを犯したらもう二度と許されないものなの?

初場所は二日間行けることになったのだけれど、新年早々、国技館で、日馬富士の不在を本当に実感してまた泣きたくなるんだろう。
悲しい。本当に悲しい。悲しくて、悲しくてやりきれない。

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曲がり角ごとの驚き・20 YOUは何しにここへ

「備えよ常に」
ボーイスカウトよろしく、この言葉がモットーな私であるが、ハイキングのつもりでうっかり雪の日光に行ってしまったこともある。

しょうがない、下界は晴れてたもの。

また、旅先で「ロープウェイ乗れば千畳敷行けるって!行っちゃお!」とつい浮かれてロープウェイに乗り込んだ所、極寒の雪山にたどり着き寒さに凍えたこともある。こんなにうららかなゴールデンウィークだもの、仕方ない。

そんな訳で、人々がついついふらっと寄りたくなる気持はよくわかる。だが、自然てやつは厳しいんだぜ。
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ケーブルカーで簡単にアクセスできる大山阿夫利神社下社。初詣のついでに、つい「山頂本社まで行こう!」なんて思い立ってしまったのだろう。霜柱の解けたどろどろのぬかるみにおしゃれスニーカーを沈ませて進退窮まった方々をどれほど見かけてきたことか。

草津白根山、湯釜を見下ろす登山道を「マジキツいんだけど!!」なんて文句言いながらヒールでせっせと登る女子3人。
女3人、草津だの志賀高原だのを散策しようという車の旅に、なぜハイヒールを履く必要があったのか。それが女子力ってやつなのか、考えつつ後について登る。
思えば戸隠神社に行ったときもそんな女子たちがいた。戸隠神社と言えばパワースポットとして有名だ。特に奥社が。当然調べてから来てるんだろうと思いきや、女子たちは厚底サンダルでひーひー言いながら歩き、そして奥社で「そんなにも長く!」「そんなにも強く!」と感心するほど長い祈りを捧げるのである。

厄介なのが山道で時折見かける、スーツに革靴のおじさん、もしくはおじいさん。道に迷ったのかと心配になるがその足取りは自信に満ち、迷いなくスタスタと早足で歩いていく。…どこへ出勤しようというのか。
喪服に紙袋という、法事帰りのような出で立ちの人もたまにいる。…山で家族が死んだの?…それとも山に埋めてきたとかっていう火サス的な…?それこそ「YOUは何しにここへ」と問いつめたくなる。

そして3月に行った、金毘羅さんのこれですよ。金毘羅さんへ登る階段の途中のお店には大きな看板が出ている。「杖、はきもの貸します」
金毘羅さんへ来る人は大概「金毘羅さんへ行こう」「金毘羅さんと言えばあの階段」と認識した上で来るのかと思っていたが、そうではないのか。
「あ、金毘羅さん!寄ってこ!階段無理…足痛い。靴借りたい」
そんな人が結構な数いるってことか。こんな看板が大きく出るということは。


尚、金毘羅さんでは人は便所についても十分に注意して、早め早めに備えなければいけないし

イノシシにも注意が必要だし

境内で、「案内人を装って無礼な物言いをする者たち」にも気をつけ、備えなければいけないのである。
備えることの重要性を教えてくれる金毘羅さん。

目の前を行く蛍光色トリオの3人のあとについて降り、電車に1時間ほど揺られて戻った高松でうどん屋の開店待ち列に並んだら、なんと私の前に並んでいたのはさっきの蛍光色トリオの兄ちゃん達だった。

「お姉さんもうどんスか」と問われ、「そうなの、うどんが食べたくて、でも夜やってる店がなかなかなくて調べてきたの」と答えたら、蛍光色トリオは「僕らもです」ともじもじ言う。
もじもじしなくていいわよ。私達、きちんと事前に調べてここにきた偉い子よ。
ちゃんと備えてる。こんなはずじゃないこともいっぱいある人生だけど、それでも、出来る限りは備えて生きてるんだから。間違っても金毘羅さんで履物借りたりしないんだからね。

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言った先から

巷ではよく「成功者の法則」やら「引き寄せの法則」やらで、「願望は口に出すと叶う。一日一度は口に出して言おう」とかなんとか言うけど。
…なんというか、私の場合、言った先から挫ける気がする。

この前10月末に「ラジオ体操を続けてもう2ヶ月、これからも続けていきたい♡」などと意識高い系なことを書いたら、そのすぐ後に「なんでこんな事してるのか、1回位サボったっていいんじゃないか」という危機が訪れた。なんとか乗り越えたけど。
以前、会社で保険証の切り替えがあったときも、「別に医者にかかることないし!」と早々に保険証を返却した途端、「歯が痛い…」という憂き目を見た。

「この冬は風邪を引かないのが目標!風邪で有給なんて使いたくないし!」とリア充ぽく手帳に書きつけた冬、案の定、風邪で欠勤する。
なぜだろう、なぜかしら。

今年もまた「やっぱウールのコートは12月からかなーって、頑張ってるのー」と、会社で話した数日後、耐えきれずにウールのコートを出してしまった。
「石油ストーブはまだ早いよね。今から出したら冬乗り切れない」とも笑っていたが、先週出した。

9月、「ラジオ体操始めたし、冷え性改善すると思うから、この冬は長袖のヒートテックは着ないんだ。半袖でいく!」と友人に強気に宣言するも、あえなく撤回。本日ユニクロで、長袖ヒートテックを4枚購入した。今年は「ヒートテックウルトラウォーム(超極暖)」とやらもあるらしい。今回は買わなかったがきっと12月に買うだろう…。
あったかボアシーツだって昨夜出した。

引き寄せの法則とやらはどこへ行ったのか。私の場合口に出さない方がいいのか。口に出して誰かに伝えると、そのことですっかり安心して油断してしまうのかしら。
それともただの調子乗り?

写真は10月頭に夜行バスで行った尾瀬沼
「毎年尾瀬に行く、みたいな習慣あるのっていいよね。初夏と秋に1回ずつ毎年来たいな。次の夏は至仏山かな」などと計画してるけど、この調子だと、来年の夏になったら「もう夜行バスなんて無理無理」と尻込みしてしまうんだろうか。

ヤクルト飲み始めたから風邪をひかない!と決めているけど言った先からひくんだろうか。
まあいいけど。
挫けても何度でも立ち上がるけどね、言った先から転んでも。

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LOVEっていうのは


母の妹、つまり叔母が、かつて米兵と結婚して横須賀の海軍基地に住んでいた。
旦那さんの名前、本名は忘れたけれどスマイリーと呼ばれていて、その名の通り笑顔の深い黒人の人。
母方の祖母は終戦後、進駐軍の売店PXで働いていたらしく英語が話せる。それである日、祖母とスマイリーは窓際でなんだかずーっと二人でニコニコ話し合っていた。

何の話をしていたの?、と後で祖母に聞いたら、「あのね、ばあちゃんね、スマイリーと『LOVEっていうのは本当にいい言葉だねえ』って話してたの」と子どもみたいな顔と口調で言うので笑ってしまった。”LOVE”という言葉について話し合う、だなんて、まるで海外ドラマみたいだし。

それももう10年以上昔の話で、今ではスマイリーと叔母は離婚してしまった。
なのに、あの時のことを急に思い出したのは、先日仕事でちょっと営業さんの手伝いをしてあげたら、電話の向こうで営業さんが「まめさん、愛してるー」なんて言ってくれたせいだ。口八丁の調子いい営業さんに、こちらも「うははは」と笑いつつ「ありがとうございます、おかげで今日一日気分良く過ごせるわ」と調子よく答えて、あの時のばあちゃんの「LOVEっていうのは本当にいい言葉だねえ」って言葉をしみじみとかみしめた。

昨今、SNSでも何でも見ず知らずの人間にやたらと厳しくて、大層な正義感を振り回したり、上から目線で難癖つけたり、民意の代弁者を気取りたがる人が多い気がする。それは心の底から思って発言していることのかもしれない。
だけど、本心でなくてもいい。口先だけでもいい。
優しい、LOVEの言葉を使った方がお互い気持ちいいんじゃないかしら。

こんな事を思うのは、私がもう相当おばはんになったからなのかもしれないけれど、見ず知らずの人のあら捜しをして、わざわざ腹を立てたり文句をつけたりするよりは、上辺だけだとしても薄っぺらくても、綺麗事でもLOVEの言葉を使いたい。
深入りしなければいくらでもそんな事言えるのに、通りすがりの人相手なんて、その場限りなんて、いくらでも優しくできるはずなのに、なんだって私は出し惜しみをしてしまうのかしら。言うだけならタダなのに。

それで、もう出し惜しみなんかやめて、口先だけでもどんどん「いいね」「素敵だね」「素晴らしいね」ってLOVEの言葉を使おう、なんてことを決意しながら自転車こいで家に帰った。

「LOVEっていうのはいい言葉」、そんな綺麗事を臆面もなく言えるのは「大人だからこそ」だと思う。昔なら恥ずかしくって照れくさくって口にできなかったことも今なら言える。
だから私もしみじみ言いたい。
LOVEっていうのは本当にいい言葉だねえ

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曲がり角ごとの驚きXⅨ 命短し

人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。
                中島敦 山月記

李陵・山月記 (新潮文庫)

李陵・山月記 (新潮文庫)

若かりし日は山月記を読むと、胸がヒリヒリして居ても立ってもいられず、動物園の虎のようにおろおろと部屋の中を歩き回ったりしたものだったけれど、もう大概いい年で特に何かを為そうとも思っていないので、おろおろせずに読める。
うわああああああーーーっ!!!と叫びたくなる気持ちは変わらないけれど。

長野・元善光寺ジャイアンにシメられて目玉飛び出たスネ夫みたいな顔。

さて、虎の話ではなく、狛犬の話。
あちこちのお寺やら神社やらに行くたびに、何も考えず、ただなんとなく狛犬の写真を撮ったりしていた。

高知・五台山竹林寺。子ども相当悪い顔。

そのうちだんだん「変な顔の奴がいる」とか、それぞれの個性が気になり始める。

世田谷・善養寺。相当個性的。アダムス・ファミリーのフェスター似。

狛犬画像が集まるにつれて、狛犬が気にかかるようになり、本日ついに「狛犬 個性」でググってみたら、ヤバい予感。
世の中に、狛犬ファンは割りといたのだな。まあいるだろう、それはいい。それにしてもだ。
大変なことに世の中にはこんな冊子が出回っていたのだ。
狛犬ガイドブック Vol.1  狛犬の楽しみ方」
その紹介文もすごい。
狛犬ファンがさらに狛犬ウォッチングを楽しめるように狛犬の個性の解説から、狛犬の見つけ方、狛犬との接し方、石工や奉納者のドラマ、狛犬の撮り方などなど、狛犬歴35年の筆者が懇切ていねいに解説。」

狛犬界の「プロフェッショナル 仕事の流儀」みたいな。「プロジェクトX」みたいな、すごい情熱。

三崎港・海南神社。土佐闘犬横綱の如くりっぱな綱をお召し。

狛犬ファンの方の個人ブログ「狛犬を10倍楽しむ」。こちらも素晴らしい。
狛犬を追いかける愛好家は、必ずと言ってよいほど個性派狛犬志向におちいるか、おちいっていると思う。
一度個性のある狛犬に出会うと、また個性のある狛犬に会いたくなる、必然の心理である。」

こういう、マニアックな趣味を持って、心からその対象を愛している人にしか書くことのできない文章、大好き。
キノコマニアやタコの研究者が書く文章に相通ずるものがある、この情熱、味わい深さ、魅力、シュールさ。
狛犬ガイドブックの著者であるたくきさんのエッセイもネットで読める。なんて便利な時代なんだ。そしてやはり、なんてすごい文章なんだ。

唐突に「狛犬」である
なぜ狛犬なのか? 狛犬のどこが面白いのか? ほとんどのかたは「?」の連続でありましょうが、それは認識があま~い。」

…本当に唐突で笑ってしまう。そして笑いつつも「ヤバい、これはヤバイ」と私は震えるのだ。

靖国神社。花見の時期は狛犬も働かされる。

まだ世の中にこんな面白いものが隠れていただなんて、どうしよう。
あそこも行きたい、ここも行きたい、あれも見たい、これもしたい。古墳も気になる。古事記も勉強したい、地学も、貝も、古代史も、戦国時代も勉強したい、キノコが気になる、タコが気になる、深海も気になる…ああ、それなのに狛犬まで!
人生は何事かを為すにはあまりにも短い、と言うけれど、才能の不足はとっくに暴露していて、何事も為せないくせにあれこれ気になって目移りしては味見したがる者にも割りと短いのね…。

静岡・久能山東照宮資料館前の狛犬。すごい不細工。でも誰かに似てる。

あまり、この世界に深入りしちゃいけないと思う。でも面白いもの見つけて胸がぞわぞわトキめいているんだ。

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パンダがライバル

以前はパンダの写真を集めていた。


いや、可愛いですよ、おにぎりみたいでさ。
しかし、今年、コアラにフォーリンラブしてからの私はどうもパンダがいけすかない。

コアラの方が可愛いのに…。絶対絶対可愛いのに…。
パンダの顔、よく見たらめちゃめちゃ熊なのに…。
なのにどうしてみんなあんなにパンダに夢中なの?
上野のパンダに子どもが生まれたこともあって、世間ではすごいパンダブームだ。事あるごとにパンダの成長記録のニュースが流れ、パンダグッズがどんどん作成され、パンダイベントが開催され、どこへ行ってもパンダパンダ。
コアラに赤ちゃんが生まれても騒がれないのに!和歌山のアドベンチャーワールドのパンダですら騒がれないのに…。
悔しさにキーッとなりながら思う。
「高いお金を出して中国から借りてるパンダだから、元を取らなきゃいけないんでしょう」

そうなんだろう?

そんな中、BSプレミアムの番組表をチェックしていたら、NHKがこのパンダブームに乗じてか、二夜にわたってパンダ特集の再放送をするというのを見かけた。

…逡巡したとも。これを録画すべきか。録画したら負けなんじゃないのか。でもまあちょっと見たい。…ちょっとはね。コアラの方が可愛いって知ってるけど!
録画した後だって録画一覧の番組名を見ながら、「見るべきか、見ないでおくべきか。これを見たら、やっぱコアラよりパンダだよな、って思っちゃうんじゃないのか」と、なかなか再生ボタンを押せずにいた。けど見た。
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いやあ、なんだあの中国のパンダの楽園は。パンダ保育園は。やばい!
ちょっとトキめいたけど、これは浮気じゃない。大丈夫、本命はコアラ。

…ふ~ん、そっか~。

コアラ愛が揺るがなくて良かった、とほっと胸をなでおろしつつ、またしても嫉妬に駆られもする。
パンダは1時間の特集番組を何本も作ってもらえるのに、コアラときたら15分…。何故…。
嫉妬の炎に焼かれ、大事にしていたパンダフォルダは消滅しました。

すまねえな、パンダ。心もフォルダもコアラのものなんだぜ。

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