余計なこと

何かにつけて平成最後の平成最後の、と言われる昨今。
元号は令和だという。発表があったあの日の午後はずっと頭の中でエリック・クラプトンがカッコよくギターを奏でていた。

レイ~ラ~♪

さて、ようやく暖かくなり始めた3月の終わり、かねてより動作の怪しかった給湯器もいよいよお湯を出せなくなった。
ついにこの時が来たか…、と不動産屋さんに電話をしたところ「もう少し早目に言ってくださいね」と仰られたが、私は知っているんですよ、早く言ったところで、完全に壊れるまでは対応してもらえないということを。
何はともあれ、ガス会社のお兄さんが来て、様子を見てくれる。
そして彼は言う。
「こんな古い給湯器、僕は初めて見ました。1984年製です。僕が生まれる前です。これがどんな故障であれ部品は全くありませんので直せません。大家さんには交換の方向で見積もりを出します」

そして「今日は何もできなくてホントすみません、直せなくてすみません」と何度も頭を下げて帰って行った。
あの申し訳なさそうな顔から察するに、「は?直せないってどういうこと?お風呂はどうすればいいんですか!!家賃から割り引いて!」などとお怒りになるお客様も多いのだろう。

だが、私はそんなことでは怒らない。
なぜならば、不動産会社の24時間緊急対応センターでアルバイトをしていたことがあるからだ。
まあ、さんざん怒鳴られたとも。
「お湯が出ないなんて死ねっていうのか」「無断駐車を今すぐレッカーしに来い」「同棲相手に閉め出された。貸借人は私なのだからあの男を追い出して!」
時には自殺や夜逃げの連絡が警察から来ることもあった。泥棒に入られた家もあった。
家、というものはこんなにも様々なドラマをはらんでいるものなのか、不動産屋さんの仕事というのは、葬儀屋さんや金融関係と同じくらいに生々しいものなのか、と痛感した。

ですから、私は給湯器が壊れたくらいで怒りませんよ。給湯器が直らないことも、修理の施しようがないほど年季がたっていることも知っていましたよ。大家さんに見積もりを出して許可が出るまで時間がかかることだってちゃーんと承知していましたよ。

ただな。兄ちゃんよ。上記の発言において、いらん情報があるのだ。私はそれが引っかかって仕方ないのだ。
「僕が生まれる前です」
これだ。 
なんだ、唐突に。なぜ君の個人情報が出てくるのだ。いらんがな!知らんがな!

常日頃より密かに疑問に思っていることがあった。
職場などで何か昔のことなどを話していると、遠くからわらわらと「えー知らなーい」「生まれてませーん」という者がやってくる。
初めは若さアピールの一環かと思ったが、30過ぎた者もやってくる。お前と話してなくてもやってくる。
以前にブラタモリ豊洲の回で、平成元年頃まで豊洲に晴海線という鉄道が走っていたという話の際、林田さんが突然「私が生まれたころですね」と言い出したことがあった。タモリさんは「ふ~ん、そう」と苦笑し、林田さんも「余計なことを言いました」と笑って謝っていた。
ホントそうなのよ。林田ちゃん、どうして突然余計なこと言い出しちゃうのよ…。

なぜ彼らは「えー知らなーい」と言うためにわざわざやってくるのだろうか。なぜ、わざわざ他人に「僕が生まれる前です」「私が生まれたころです」などと個人情報を明かしていくのか。
知らないなら黙ってればいいじゃないか…。個人情報は大切に保管したらいいじゃないか。
ガス屋のお兄ちゃんだってせめて「平成が始まるより前ですね、昭和ですね」とか言ったらいいじゃないのさ。なんでお前基準なんだよ、キリストかよ。

Hey!Say!

Hey!Say!

1984年=昭和59年生まれの給湯器も御年35歳。平成最後の今年まで頑張りぬいてくれ、台所と洗面所のお湯は出なかったが最後の力を振り絞って風呂のシャワーだけはお湯を出してくれていた。黙ってよく働いてくれた。
1週間後、無事給湯器の交換工事が済み、お湯も出るようになった。新しい給湯器は無駄にしゃべる。「温度が、一度、あがりました!」
…余計なことは言わなくていい!と、すぐさま黙らせた。

1984年かあ…。マリリン…?それは1986年。オメガトライブ…も1986年。平成の始まりは1989年、恋をした~oh君に夢中~♪なのは1993年…。
こんなこと言っていたらまたどこかから若い人が来て言うのだろう。「え~、知らな~い」「生まれてないです」
うっせえ、黙ってろ!
…と荒ぶりつつ、村上春樹なんか読み返す平成最後の春。

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

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