君拾帖

■くんしゅうちょう■  すきなことだけてきとうに

四諦 2017夏/青春3日目


己の無知に直面した際、いつも頭に流れる曲。
知らなかったよーーーーー♪
知らなかったよー。足尾銅山日光市だとは。わたらせ渓谷鐵道の終点からバスで小一時間で日光市街に着くのだとは。
そうとも知らず私は9月頭に日光に行こうとホテルの予約まで済ませてたよー。

これは去年の12月。陽だまりハイク気分ででかけた奥日光で降りしきる雪に身も心も震えつつ心の中で歌っていた。「知らなかったよー。日光がこんなに寒いとはー」

7:16渋谷発湘南新宿ライン宇都宮行き→9:14宇都宮着→9:32宇都宮発日光線→10:21日光着。
9月頭の日光はおかげさまで晴天。

だが、知らなかったよー。明智平ロープウェイが5分で、何一つない展望台に到着し、中禅寺湖華厳の滝を眺めるだけのスポットで、往復730円だなんてー。このやろう。
もうここから、華厳の滝は見たから、華厳の滝エレベーター550円には乗らないからな!

湯葉御膳食べて中禅寺湖チラ見して、東照宮へ。
平成の大修復が終ったというので、見てみようかとわざわざ金曜日の有給を取ってきたのだ。平日のほうが少しでもすいているだろうと思って。

だのにー、なぜー、私は修復中の輪王寺の方にふらふらと吸い寄せられてしまうのー。

若者なのかしら。
現在修復中の輪王寺本堂には特設の天空回廊というものがあって、横から、上から屋根の修復工事の具合を見ることができる。

石川島播磨が頑張ってるんだな。

修復完了の暁には、この景色を見られるのは鳥だけか、と思うとなかなか感慨深い。
ここまでは仮設の武骨な階段をコツコツと歩いて登ってこなければならず、老人の団体客も、外国から来たらしい老夫婦も諦めていた。
そのプレハブ階段の踊場には逐一ありがたい教えが貼られている。

それでいいではないか。

そしてこれ。とかく思い通りにならないのだ。思い通りにならなくていいのだ、受け入れるしかないのだ。
東照宮前を通り過ぎ、家光公のご霊廟大猷院へ。


団体客をつれたガイドさんのお話をチラ聞きしたところ、この大猷院、東照宮と造りは大体同じなのだけれど、家光が家康に敬意を払って、黒を基調とした抑えた色合いにしてるんだとか。お!センスいいじゃん、家光!…と思ったが、あの東照宮を元の質素なものからあそこまでド派手にしたのは家光とのこと。あの方派手好きなんですってよ。
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写真撮影不可の金閣殿がとても良かった。東照宮ばっかり持て囃されるけどここ、素晴らしいじゃないの!としみじみ満足しながらゆったり眺めて、二荒山神社も寄って…なんてことしてたら東照宮参拝の時間はもうない。
拝観券売り場のお姉さんに「今からですと宝物館か美術館のどちらかしか無理です」と選択を迫られ、宝物館に行って、家康礼賛&美化1000%のアニメーションビデオ見る。「こんなにも礼賛?ちょっと宗教っぽい…あ、神様なんだから宗教か」と変に納得。
家康の遺訓もしみじみ読む。

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。

そうか。そうなのか。人生は重荷を背負って遠い道を行くものか。及ばざるは過ぎたるより勝るのか。そして人生は思い通りにいかないから、思い通りにしようなんて思うべきではないものなのか。

今日一日で、ずいぶんと諌められたような気がする。
うーん、うーん。まだ若いつもりなのか、イマイチ納得行かない部分もある。でも受け入れるしかないのだな。
夜の日光市街に営業中の飲食店がほぼなくて、魚民で夕ご飯食べる羽目になるのも仕方ないのだ。思い通りにはいかないのだから。不自由を常と思えば不足なし。
ビール飲んだらそれでいいではないか。