君拾帖

■くんしゅうちょう■  すきなことだけてきとうに

曲がり角ごとの驚きXⅢ 傍観者・丼・後悔

傍観者には自己の歴史がない。傍観者は舞台の上に居るには居るがしかし、役者ではない。傍観者は聴衆ですらもない。芝居とそれを演ずる役者の命運は聴衆に左右される。が、傍観者の反応は彼以外の他の誰にも効果を及ぼさない。とはいうものの、傍観者は----劇場の消防係にたぶん類似して----舞台の袖に立って役者や聴衆が気づかずに見過ごすものを見る。なかんずく、彼は役者や聴衆とは異なる見方で見る。そして彼は省察する。----省察は鏡ではなくプリズム、それは見たものを屈折させて映し出す。
        ピーター・F・ドラッガー 「傍観者の時代」


渋滞にうんざり疲れて入った夜8時のサービスエリアで、「軽いものでいいや」と500円くらいのヘルシー丼を選んで食券が出た途端、「あー、やっぱり800円払っても普通の海鮮丼にしておくべきだった」って思うことってある。
それを思えば「後悔のない人生」なんてあるもんか。人間、何したって後悔する。

昨日は友人の誕生日ホームパーティーに招待されて行ってきた。学生時代のインカレサークルで知り合ったA。小じんまりとやるのかと思っていたら、朝になって総勢15人くらい招待したという連絡が来て、面倒くさいなあとゴロゴロしていた。
人見知りだし、コミュニケーション能力も高くないし、暑いし。

でも行ったほうがいいんだろう。年取るとだんだん交友関係も狭くなるし。
狭くて何が悪いのかと思わなくもないけど、まあ一応。
動物も人間も社会って大事だからね。

よいしょ、と重い腰をあげ、焼鳥とビール買ってA宅へ。「だいぶ盛り上がってるよー」と迎え入れられた会場では、Aと同じゼミだったというB氏の人生初の恋人お披露目会見が始まるところだ。しかも何月何日に出会い、何月何日に初デートをして…という詳細版。
…長くなりそうだぜ…。

うん…、なるほど、そうか。これは海鮮丼でいうならヘルシー丼。
このふにゃふにゃで話も行動も段取りの悪いB氏は甘~い卵焼き。「ネバネバ系の食べ物が大好きです」という恋人のCさんはオクラだな。
B氏と喧嘩しそうになると「また怒らせちゃって私はダメな人間だ」とCさんは思うらしい。
私だったらスリッパで引っ叩くところだが、これがB氏をメロメロにする「慎ましさ」と「誠実さ」なのだな。お似合いカップル。

そんな2人の甘くネバネバな話に意味不明の茶々を入れ、話の尺を引き伸ばすDは納豆。
素材の味を殺さぬよう大人しく正座して頷きながら話を聞くご学友3人は白米かな。声も小さく、どんな場所でも波風立てず嫌われもせずひっそりと静かに粘り強く生きていけるタイプで、昔はそういう人になりたいと憧れたものだ。
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時折自分の思い出話をぐいぐいと挟んで皆をまとめようとする主催者Aは醤油、「妹の生き方は危うい」「あなた方はなぜ結婚していないのか」「あなた方はどこの会社で何の仕事をしているのか」とスパイシーわさびなAのお姉さん。
コミュ力の高い働く女子ですー、気配り上手なんですー、○○さんのネイルって素敵ですねー、みたいな青じそ女子。大人たちの視線を卵の黄身みたいに絡め取っていく幼子を連れた夫妻。
若き日に学生運動的なものに参加してしまって以来、ちょっとこじらせてる燻され沢庵50代男性。

そんな中に燦然と現れる、元ダンサー、元スポーツライター、海外在住歴有の大トロレディ。
かれこれ3時間以上続いている長い自己紹介、大トロさんの後では辛口のわさび姉さんもキラキラ働く青じそ女子も「私なんてつまらない人生で」「もっと冒険すれば良かった」とぼそぼそ言う。
大トロさんは大トロさんで「もっと堅実に生きれば良かった。才能もないのに追い求めてる場合じゃなかった」と苦笑する。

人は皆、ないものねだりなものですね、神様。

ようやく終わりかけてきた自己紹介を傍目に、輪から外れたところで大トロレディがぼそっと言う。
「最初のあの知らない人ののろけ話、何?どうでもよくない?帰ろうかと思ったわ」
その言葉に納豆子は困惑し、悲しげな顔をする。
ごめんね、私も「ああ、今日はヘルシー丼だな、ヘルシー丼って若干欺瞞の香りがするよな」くらいのことは思ってた。帰るタイミングも探してた。

期待を裏切らない大トロレディは帰りのエレベーターの中、主催者Aに「どういうつもりで私を今日呼んだの?」とバッサリ仰る。「ここにいても大丈夫な人を呼んだの!」と笑顔のA。
そうだねえ、大丈夫だけど、ヘルシー丼にはもったいないかもしれないね。マグロ丼の主役になれる人だから…。

キラキラ光れば光るほど影も濃い。
駅までの帰り道、大トロさんは「どうやったら人生を幸せだって思えるんだろう」とポツリと言う。
何やったって後悔はするんだから、自分で決めて生きてることをいいって思うしかないんじゃないと無責任に返事する。

やれやれ。
世の中いろんな人がいて、みんなそれぞれないものねだりして、毎日何かしら後悔して生きてるもんだね。
そして、年をとったせいか深入りするつもりがないせいか、おとなしく無難に真面目に生きてる人より、クセが強くて人を困惑させたり怒らせたりしちゃうくらいにハッキリ物言う人が、やっぱり面白いね。

と、傍観者の私は省察し、屈折させてこんなの書いてる。

傍観者の時代―わが20世紀の光と影 (1979年)

傍観者の時代―わが20世紀の光と影 (1979年)