曲がり角ごとの驚きⅧ 大根というモード
出会いはいつでも偶然の風の中byさだまさし
これは江戸東京博物館に展示されていたデザインスタンド。
人々の暮らしがどんどん近代化されていく中で、ただ単に便利さだけを追い求めた物ではなく、デザインを楽しむ余裕が出てきたとかなんとか、そんな流れの中での展示の一つで、これ、電気で光るんですよ、大根が。
なぜまた大根が光る必要があるのか、どういう理由でこれを求めるのか、「あらオシャレ」なんて思えるのか。当時そんなにお安いものでもなかろうに…とぐるぐる考えてしまう。
そんな折、町田市立博物館で、こんな皿を見かけてしまい、また大根か!!と驚愕する。
更に府中市美術館に国芳を見に行ったら川中島合戦図に大根が現れ、何の呪いかと思う。
なんでも上杉謙信の有能な家臣であった柿崎景家さんの家紋が大根だったとのこと。なんでだよ。
事ここに至ってはもう我慢ならない、一体なぜこんなにも大根なのか、調べてやる!
おそらくこの皿のことなのだと思うが、戸栗美術館は下記のように述べている。
大根は、身近な食物でありながら小袖や伊万里の意匠となるような人気の意匠であったことを教えてくれます。(中略)
伊万里の絵付職人の、当時の流行に乗り遅れるな、という気概を感じることができます。流行の最先端や美しさを追い、個性を出したいという思いはいつの世も変わらないのかもしれません。
大根という個性…。
また、花邑という帯屋さんのブログによれば
大根は薬用としても用いられたことから、無病息災の意味合いで着物の意匠にも用いられています。
とのことで、大根が規則正しく並んだ帯の写真が掲載されている。
薬用だから、か。他にも薬用になる野菜はありそうなものだが。
双方のホームページ共に書かれているのが「大根は消化に良く胃に当たらないことから、俗にいう「大根役者(当たらない役者)」という言葉がうまれたのも江戸時代」という事。江戸時代にいろんな種類の大根の栽培が始まったらしく、大根が相当流行っていたのだろう。
NHK「美の壺」のサイトは「大根とねずみは江戸時代からよく使われた絵柄」だと言う。
大根は大黒様の掛詞。ねずみは子沢山の象徴。
つまり家族がさかえ、健やかであるようにという願いをこめられているのです。
大根は大黒様。…ちょっと苦しい気もするが、なるほどなるほど。
それで郵便局がねずみ年にこんな図案のはがきにしていたのか。
さて、「大根、意匠」と調べた時に避けて通れないのが浅草の待乳山聖天。
大根と巾着袋のモチーフがあちこちにあり、お供えは大根、そして大根柄のお守りが売っているらしい。
大根をお供えする理由は下記の通り。
大根は人間の深い迷いの心、瞋(いかり)の毒を表すといわれており、大根を供えることによって 聖天さまがこの体の毒を洗い清めてくださいます。
もう乗りかかった舟だ、と大根を見るために、雨の中、待乳山聖天へ行ってきた。
期待を裏切らない大根。
隙あらば大根。
撮影禁止の本堂の中も大根の山。
本堂の下には三浦大根の箱。
社務所脇には姉崎大根のダンボール。
熱に浮かされるかのように、大根のお守りを買ってきました。
これが私の人生で初めての大根柄の持ち物。
江戸のモードにやっと乗れたぜ。