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君拾帖

すきなことだけてきとうに

それでも続く

最近の少女漫画を読むと、「好きです」「オレも!」の後に、進路だのお泊りだの上京だのへの葛藤が延々と続いていて、若い人も大変だな、としみじみする。昔は「好きです」「オレも!」でキスして物語は終了だったよ…。

今の若い人達がどんな進路指導を受けているのかはわからないが、私が学生の頃はまだ「きちんと勉強して、いい高校大学、いい会社に入らなければいけない」という風潮で、若気の至りで無駄に抗っていたあの頃「お前はお先真っ暗だ」とか「そんな事でこの先どうやって生きていくんだ」ということを散々言われた。


バイク乗ったりしたわけじゃないけど。

抗ってはいても、長年に渡って「人生のレールを外れたら終わり」だという呪いをかけられてきたので、大学を中退した時「なんだ死なないのか」と拍子抜けした。
死なないし、終わりじゃないし、生きていかなきゃいけないからバイトや仕事を探さなきゃいけない、終わるほうが楽だったのに、と思った。

世の中もちょうど世紀末頃で、ノストラダムスの大予言をバカにしつつも、みんな心のどこかになんとなく終わり気分を持っていた。だから新興宗教も流行っていた。1999年7の月、世界が終わらなかったことで「なんだ、終わらないのか」とガッカリした人は多いと思う。

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今頃になって初めて、NHKオンデマンドで「あまちゃん」を見た。
映画化された「この世界の片隅に」の主人公の声があまちゃんで主役を演じたのん(能年玲奈)で、どこかの映画評で「あまちゃんは3.11に向っていく物語で、この世界の片隅には1945年8月6日に向っていく物語だ」と書かれていたのが印象に残っていたので。
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映画評の通り、どちらの物語も震災や戦争、原爆投下という大きな事件があって「それでも日々が続いていく」「明日もあさっても、できることをしながら普通に生きていく」という部分がクローズアップされている。そしてその事にたくさんの人が共感し、心を動かされている。

終わるんだと思っていた時、終わらず続く日々に「ああ、続くのか」と呆然とした。
6年前の地震の日には、夜が明けて明日が来て、日々が続くのを待っていた。

どちらも生きているから思うことなんだろう。傲慢なことも、健気なことも。
命があることに感謝したり、生き伸びてしまったからこそ大変で苦しかったり。
いい事があってもそこでハッピーエンドで終わりじゃないし、大変な事があっても、どんな選択をしても、人生はそこで終わらず続く。
良しにつけ、悪しきにつけ、続く。生きている限り、それでも続く。

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