君拾帖

すきなことだけてきとうに

NEXT GENERATION

昔、大好きだったチェッカーズは「NEXT GENERATION」という曲の中で「僕らはいつも“その後の世代”」と歌っていた。

THE CHECKERS SUPER BEST COLLECTION 32

THE CHECKERS SUPER BEST COLLECTION 32

子供の頃、世の中はバブルだとか言って浮かれていた。だから私はずっと思っていた。大人になったら、小さな三角のグラスに入ったさくらんぼ入りの綺麗な色のお酒を飲んで、男の人からスカーフをもらったりするのだろう、と。
大人とはそういうものであると。
しかしバブルはあっさり弾けてしまい、中学生になった頃には「モツ鍋を食べるのが大人なのだ」と思うようになった。
そのせいだろうか、あのバブル期の浮かれ感に対して、どうにも居心地が悪く、避けて通りたいような気持がある。

去年、Bunkamura ザ・ミュージアム国芳・国貞展があった。
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行きたいと思ってはいたけれど、あまりのサブカルポップゴリ押し感に警戒を強めてしまい、結局行かなかった。
髑髏と書いてスカル、手紙と書いてメール。
特集ページには「幕末の浮世絵両雄(ツートップ)が渋谷で激突(マッチアップ)」との煽り文句…。
そして何より「俺たちの国芳、わたしの国貞」っていう80~90年代の雑誌の特集みたいなタイトル。
危険すぎる。バブルの香りが強すぎる…。

だいぶ落ち着いたが、2010年頃から妙に世の中がバブル懐古に走ったり、バブル再来!と騒がしく煽り出したように思う。
ファッションではプロデューサー巻きが再流行したし、秋元康が再び大ブレイクしたり、株価も一時は上がったり。
歴史は繰り返すと言うけれど、こんなに早く?と少し焦った。
でもまあ、考えてみればあれから30年か、妥当な歲月かしら…。

タイムスリップしたかと思った!…という程に驚いたのは、2012年、東急線内に一斉に貼られた渋谷ヒカリエの開業広告を見た時だ。
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ワープロ時代を思い出させる斜体フォント。
「あとは自分のセンス?」「そう、自分らしさを探しに行くの」という東京ラブストーリーみたいな会話。
朝の通勤電車の中、目を見張って息を呑んだ。
「アートを体感できるのさ」って…石田純一の声で読めばいいの?それともハートカクテルなの?

先日、東急カード会員の無料招待日があったので、Bunkamura ザ・ミュージアム河鍋暁斎展に行ってきた。

この展覧会、またしても骸骨推しのサブカル感満載で、特集ページはさんざん技巧をこらして「お洒落なポップアート」アピール。
やたらあちこちで招待券プレゼントもしているし、きっと内容が薄いんだろう、あまり期待しないほうがいい、と思って出かけたら、予想に反してとても素晴らしく、楽しかった。

バブリー広告故に敬遠したあの国芳・国貞展もきっと素晴らしかったのだろうな、と今更思う。どうにも敬遠している渋谷ヒカリエも素晴らしい商業施設なのかもしれない。
「逆に新鮮!」「懐かしい!」「景気良かったよね、あの頃」と支持されているのだろう、あのバブルっぽさをむしろトラウマのように感じて素直に楽しめない、私はいつも“その後の世代”

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