君拾帖

■くんしゅうちょう■  すきなことだけてきとうに

黒歴史

ゆうこりんこりん星から来たという設定は今や黒歴史だという。
恋しさと切なさと心強さに満ちていた頃の篠原涼子おバカキャラが売りだったけど、あれももう黒歴史なんだろう。いつの間にか「デキる女」イメージに塗り替えられているもんな。

人間誰だって、忘れてしまいたいことや忘れてもらいたいことの一つや二つ、持ってるもんだ。
武田信玄のラブレターとか、伊達政宗の遅刻詫び状だってそうだろう。
戦争でいろんな文化財が惜しくも焼かれてしまったというのに、どうしてこれは残ったの?もうやめて!と信玄もあの世で悶絶しているのではないか。
政宗なんてわざわざ手紙に「恥ずかしいからこの手紙すぐ燃やして」と書いてるのに、燃やしてもらえなかったんだもんな。

どんなに下らないものでも、本人が燃やしてもらいたがっていたようなものでも、時間を経るとそれだけで「貴重な資料」「ありがたいもの」のように扱われる傾向があるが、本当にそんなにありがたいものなんだろうか。
「あーーー!!それただの買い物メモ」とか、「若気の至りの日記!見ないで捨てて!今すぐ!!」とか、そういう恥ずかしいものも結構あるんじゃないのか。
例えば今、突然死したら大抵の人がPCの中身の始末に困るように。

徒然草」なんか学校で粛々と習ったけれど、「仁和寺の法師、飲み会でウケ狙いで鉢を頭にかぶって踊ったら、鉢が抜けなくなって、無理矢理抜いたら鼻とれた!!」…って東スポかよ…とあの頃も今も疑問。
こんな「おじいさんの面白ブログ」みたいな文章に対して、難しい顔して品詞分解だの活用形だのと論じる必要、本当にある?吉田兼好、それ望んでた?

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会社で書類チェックをしていると、時々ものすごく立派で威厳のある角印に出会う時がある。そうすると不安になる。
「もしも後世の人がこの印鑑を発掘して“王の印!”などと大騒ぎして博物館に展示されてしまったらどうしよう、ただの会社印なのに…」
まあ、そんなこと考える必要ないんだけど、考えてしまいがちな性分です。

先日、多摩ニュータウンにある東京都埋蔵文化財センターに行ってきた。多摩ニュータウンは古代人にもニュータウンだったようで、ざくざくと遺跡やら土器やらが出てくるらしい。無料の割に、本物の土器に触ることもできる。きっとアホほど大量にでてくるのだろうな。

写真は大英博物館にも展示された事もあるという、「多摩のヴィーナス」と名付けられた土偶だが、この他に、これよりももっと小さな手のひらサイズの女性の土偶が多数展示されている。
「祭りなどに使われたのかもしれないが、詳しい用途は不明。すべて女性像」と説明文に書いてあった。
それで、私はまたいろいろ考え不安になってしまうのだ。

別に祭りとかじゃなくて、古代人にとってのグラビア写真みたいな存在だったらどうしよう…。○○さんの作るオンナってやっぱいいよね!いや、俺は××さんの作る方が好みー…とか。現在におけるフィギュアみたいな…。いやー、調べなくていいから!恥ずかしいから!黒歴史だから!…って古代人が思ってたらどうしよう…。

だって、古代人だからって別に高尚なワケでもないじゃない?
人間ってどうしようもない部分のある生き物じゃない?
誰にだって、若気の至りも、忘れてもらいたい黒歴史も、あるじゃない?

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