卵の思い出

鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。
             ヘルマン・ヘッセデミアン

とか言うとカッコいいけれど、卵にまつわるエピソードを思い出そうとすると、どうしても生活臭い、ちょっとしみったれた、どこか切ない話ばかりな気がする。

やれ昔は卵が貴重品で、だの「クラスの女の子が家でアヒルを飼っていたので、アヒルの卵の目玉焼きをお弁当に持ってきてクラスメイトにからかわれていた」だの。
卵、という存在があまりに身近なせいか、他人のエピソードを聞いても、まるで自分が体験したかのように生々しく身近に感じたりもする。
向田邦子の「薩摩揚」というエッセイには、足の悪い女の子のお母さんが遠足の日に見送りに来て、級長だった向田邦子に風呂敷包みいっぱいの茹で卵を手渡す場面が描かれている。

ずっしりと重い包みの中は茹で卵で、「みんなで食べて下さい」という意味のことを聞き取りにくい鹿児島弁でいって、子供の私に頭を下げた。私は今でも、茶色の粗末な風呂敷と、ほかほかと温かい茹で卵の重みを辛い気持で思い出す。

新装版 父の詫び状 (文春文庫)

新装版 父の詫び状 (文春文庫)

学生時代、日韓学生会議という学生交流団体に所属していて、夏にみんなで韓国に行ったことがある。同期にマサコという非常に変わった女の子がいて、まるでムンクの「思春期」という絵の中の女の子みたいに、いつ突然叫びだすやもしれない緊張感を常に湛えていたのだけれど、そのマサコがソウル行きの飛行機に搭乗するやいなや、いきなり茹で卵を食べ始めた。あたりに漂う茹で卵臭。そこは一気に成田でも飛行機の中でもなく、硫黄臭漂う箱根へと変貌した。
恐る恐る「なんでいきなり茹で卵?」と聞くと彼女は真顔で答えた。
「飛行機に乗るのが初めてだから気持ちを落ち着かせたい」
「ゆ、茹で卵を食べると気持ちが落ち着くの!?」…と誰もが思っていたけれど誰も口に出せずに黙り込んだ。
あの腫れ物感と茹で卵の匂いのやるせなさは向田邦子のエッセイのようだった。

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子供に大人気のこの物語さえ、最近では卵を奪われた鳥の気持ちの方が気にかかる。

さて、12月にはくみちょうさん(id:Strawberry-parfait)に忘年会で神保町の中華料理屋さんに連れて行ってもらった。くみちょうさんが以前から何度も「美味しい」と絶賛していたお店。とてもスパイスが効いていて、中華とエスニックの融合みたいな感じで美味しかった。
そこでくみちょうさんが「ピータン豆腐」を注文してくれたので、本当に久々にピータンを食べた。

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こんな感じのやつ。
人生で一番最初にピータンと出会ったのは、学生時代アルバイトをしていたバーミヤンだ。これまでウェイトレスをしていたけれど、ちょっと接客に疲れて厨房のアルバイトに応募したのだ。あれは本当に体力、瞬発力、判断力の問われる仕事だった。毎日餃子に追われた。

土日は開店前から入って、仕込みをする。
餃子マシンを立ち上げ、試し焼きをする。米を沢山研いで、すぐに炊く分とストック分に分ける。ザーサイを塩もみして味付けし、小皿に10段くらいセットする。フライヤーに油を張って電源を入れる。卵を一つ一つ確認しながらボウルに割り入れたあと、混ぜて濾して卵液を作る。調味料やタレを全部、きれいに洗ったホテルパンにセットする、トマトやレタスを切っておく。小さなセイロにシウマイを10段くらいセットする。引き出し型の蒸し器の電源を入れて、温度があがったらシュウマイと、そして大きなセイロに4つくらいピータンを入れて蒸す。
初めて見るピータンは、わけのわからないものに包まれた爆弾みたいで、しかも蒸している間なにか泥のような変な匂いがするので恐ろしかった。
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蒸しあがったピータンの藁と泥を洗い落とし、殻を剥くと、コーヒーゼリーみたいな色の卵が出てくる。それを言われたとおりに恐る恐る切っていると、社員の人が「ピータン食べたことない?じゃあ1個味見してごらんよ」と言って食べさせてくれた。
あれが人生最初のピータンだった。
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昨日は、中華食材をあれこれ買いに中華街へ行ってきた。そうしたらピータンを見つけてしまい、「あ、こないだ食べたピータン豆腐が作れるな」と買ってきた。久々だし一応ネットで食べ方を調べると「そのまま殻を剥く」と書いてある。「え?蒸さないの?」と驚いて、更にいろいろ調べたところ、そのままでも食べられるが蒸すことによって臭みが消えて食べやすくなるとのこと。
ああ、そうか。だからバーミヤンではわざわざ蒸していたのか。今更納得して、私もピータンを蒸した。

台所にもわっと広がる、あの泥のような独特の匂い。
それを嗅ぎながら、あのハタチの頃の、餃子に追われた日々を思い出していた。本当に忙しくて大変だったけど、楽しかった。ランチのピークがすぎた後、みんなが休憩に入った静かな時間に油を掃除したりディナーに備えて補充をしたりする地味な時間が好きだった。ものすごい大失恋をしたのもあの頃だった。泣きながら洗浄機を回していた。
ちょうど卵の中から抜け出して大人になろうとしていた時期だ。
あの日がなかったら、きっと自宅でピータンを食べようとは思わなかったな。
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久々に見たピータンのきれいな松葉模様。

卵の思い出っていうのはどうしたっていつも生活くさくてしみったれて、カッコ悪い、生々しくてやるせない。
あーあ、いろいろあったな、と少し笑ってしまいながらピータン入りのお粥を食べた。

沼に落ちて

あけましておめでとうございます。

2年前の年末は蘇州と上海へ行った。その時知っていた中国語は「你好」「謝謝」「再見」くらいだったが、漢字とカタコトの英語でなんとか乗り切った。

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盲人按摩て…!!なんという鬼直球…!!、と驚いて撮った写真
時は流れ、ずーーーっと放ったらかしにしていた語学アプリからお知らせメールがやってきた。「今度中国語コースも始めたからやってみて」
久々に語学アプリを開き、ヒマなこともあり面白そうだからとヒンディと中国語とフランス語を始めてみた。でもフランス語はまず、むにゃむにゃしてて何言ってるかわからない。ヒンディは文字がヤバすぎた。文字と発音の組み合わせがまったくわからない。そこへ行くと中国語の素晴らしさよ。漢字ではないか!!!漢字知ってるし!!
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ムリすぎ。
けど、よくよく見れば、文字これだけだもんな。西洋人が漢字を覚えるときの絶望に比べれば全然マシなんだろう。
しかしもはや私には新たな文字を覚える気合はないので、漢字わかる!と中国語コースをすすめることにした。
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どんなシチュエーションなのか…
別にただの趣味なのでゲーム感覚で面白いなと思ってやっているだけなのだが、ちょっとハマり、Youtubeでも中国語関連の番組を見たりする。
するとまあ当然のことながら「歌で勉強しよう」「ドラマで勉強しよう」という語学にありがちトピックにぶち当たる。その中で紹介されていた中国の時代劇「琅琊榜」。
これがヤバすぎた。
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どれくらいヤバいかと言うと、全54話(1話約40分)を3日で見終えるほどに。
この私が…!私ともあろう者がニューイヤー駅伝も、箱根駅伝すら見ないほどに。リアル野球盤の録画すら忘れるほどに!!
延々と見続けてしまうので、猫にも「早く寝ろ!」「俺達のメシは!」と激怒される正月だった。
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オレ達は育児放棄された可哀想な猫です!
夜中まで見続けたので、見終わったら少し風邪もひいた。
最後まで見終わったら、今度はゆっくり1日1話ずつ見ようと思っていたが、2度めは「ああ!これがあの時の伏線だったのか!」などと気付くことも多く、ついつい2話、3話と見てしまう。FODの1ヶ月無料期間を使って見ているが、このままではこの1ヶ月の間に54話を3周はするだろう。
…これが世の中で言われる「沼」というヤツなのか…。
「沼にハマる」ってこういうことなのか。普通の生活ができなくなるのだな…と痛感した2020年の始まり。

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これを機に中国の歴史ドラマいろいろ見てみようかな、と思っていたが、琅琊榜ひとつでこんなになるなんて怖すぎて他のドラマに手を出す勇気がない。
生活を賭ける勇気のある人は是非、一度見てみてほしい。

梁の時代の王権争いをテーマにした大河ドラマで、ものすごく面白い。
元気だった頃の東映時代劇みたいに、いい俳優といい脚本でできている。
悪役すら人間味に溢れている。
梁と言えば西暦500年頃だ。日本はまだヤマト政権ができるかどうかの頃で、相当中国に影響を受け、憧れ、学ぼうとしていた頃だろう。
ドラマを見ていても端々に日本の文化のルーツを感じる場面が出てくる。
着物の袂をおさえるマナーとか、旅立つ人をずっと礼をして見送るだとか、何よりお茶とミカン。
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謀議をしながらお茶を飲んでミカンを食べるシーンが多いので、こちらも遠慮なくお茶を飲んでミカンを食べながらドラマを見る。まるで自分も謀議の一員になったような気分だ。
あと面白いのが、宮廷のお妃様たちが「娘娘(にゃんにゃん)」と呼ばれているところ。
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裏切った女官たちが「にゃんにゃん!にゃんにゃん!!」と訴えたりしていると、私は放ったらかしていた猫の存在を思い出し、「にゃんにゃん!!」と猫に駆け寄ってはイヤな顔をされるのであります。
しばらくこの遊びは続くから、覚悟しておれ、にゃんにゃん。
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沼は深いのだ。

妄想民族

昨夜は父とレイトショーで周防監督の最新作「カツベン!」を見てきた。

なんと観客は私と父の二人きりであった。まだ封切りされて間もないのに何たること。スター・ウォーズターミネーターやアナ雪に押されているのだろうか。
映画の黎明期を題材にした物語なので、テンポはわりとゆっくり目で2時間半くらいある長い話だ。

一番最後にスクリーンに「かつてサイレント映画の時代があったが、日本には存在しなかった。なぜなら活動弁士がいたから」という説明が映し出されて、そうなのか、と驚き、父に「あれは日本独自の文化だったんだね」と感想を伝えたところ、父は得意げに「ほら、映画の中でもあの昔の弁士が言ってただろ、”言葉はいらない、見ればわかる”って。西洋の映画はそれなんだ」と言う。

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言葉はいらない。見ればわかる。何が起きたか。猫。

以前に河鍋暁斎歌川国芳の浮世絵で放屁合戦や水滸伝を見たときに、「ああ、漫画的表現というのは日本の伝統芸能なのだな」としみじみ感心したことがある。
また、そんな江戸時代の絵師たちが西洋画にものすごく刺激を受けていたという文献にも衝撃を受けた。彼らが何に驚いていたかって「見たものをそのまま描く」という西洋の手法に驚いていたのだ。

ああ、そうか。そう言えば日本では「見たものをそのまま描くってことしないよなあ」としみじみ思う。何故かしら。
何故見たものをそのまま描くということをこの国は選択しなかったのかしら。とても不思議だ。

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有名なこちらとか。
今で言うところの「映え意識」で盛り盛りだ。時空まで歪めるアレだ。
サービス精神旺盛というか、「俺の目に映る景色はコレだから。常に美しいものを見たいじゃん?」とか言う意識の高さ故か。
波のありえない高さ。そして富士山の鋭角さ。
そりゃあ太宰治も驚いて書きたくもなるだろう。

実際の富士は、鈍角も鈍角、のろくさと拡がり、東西、百二十四度、南北は百十七度、決して、秀抜の、すらと高い山ではない。
                太宰治富嶽百景

だがしかし、我々観る側もこれを求めてきたのだ。見たままありのままを表現してくれるよりも、映えを意識して加工してほしかったのだ。事実を事実として見るよりも伝える側の美意識や想像力をそこに加えてほしいのだ。

活動弁士の物語でも随所でそういうことを感じた。
弁士の力でつまらない映画も面白くなり、面白い映画もつまらなくなり、悲恋がコメディにも、コメディがシリアスにもなり得る。
見ればわかる映画にいろんなフィルターをかけることができて、そして我々日本人は「見ればストーリーがわかる」ことよりも弁士のフィルター表現の方を選んだのだ。


面白いもんだな。想像の余地、妄想の余地が大好きなのだな、我々は。
だもんで寅さんの啖呵売だって大好きなのだ。あんな風につるつると話されたら、つまらないゴム紐でもしょうもない雑誌でも買ってしまうのだ。
帰り際、車の中で上機嫌で忠臣蔵の弁士を演じる父と、次は寅さんを見に行く約束をして別れた。
もう亡くなった寅さんはどんな風に蘇るのかしら。そこにだって、想像も妄想も止まらない。
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乾いています

ジーザスの生誕祭が近づく今日この頃ではございますが。
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ジーザス・クライスト・スーパースターというミュージカルは、青春期のジーザスの最後の7日間を描いたもので、最後に彼はこの写真の通り十字架に磔にされ、息も絶え絶えにこう言う。
「神よ…私は…乾いています」

劇団で働いていた頃、冬場にこのセリフは非常に多く使われた。
「磔になった気分」と言えば乾燥を伝えられたし、乾燥を感じればジーザスごっこをした。
そんな職場を離れ、早10年。
毎年冬になるたびに、「ああ、ここではアレは通じないな」と思いながら、心の中で一人そっとジーザスごっこをする。
「乾いています…もう…終わりです…」

年を経るごとに水分が保持できなくなり乾燥していくので、もう今年は職場の自分の机にこれを導入した。USB電源で使える加湿器。
通りすがりにいろんな人が「ああ!これいいですね、どこで買ったんですか」と声をかけてくれる。みんな乾いていたのだな、この職場で。
みんな十字架の上のジーザスのようになっていたのだ。私はそんなジーザスに癒やしを与えるマリアの如く、これはアマゾンで2000円、とお伝えする。
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加湿器の緩衝材をベッドにする猫
ゴルゴダの丘のように乾いているのは何も職場に限ったことではない
去年猫が来てから自宅にも加湿器を導入したが、それでも乾燥で体が痒くなることもあった。
もう己の体から十分な油は出ないのだ…。
ネットであれこれ調べると、風呂上がりに洗面器にお湯を張り、そこにベビーオイルを垂らして体にかけるとまんべんなく油が行き渡り乾燥しないと書いてあった。
試してみたが、シャワー派の私にとって、洗面器にお湯を張るのが面倒なのと、洗面器と風呂の床がすぐにベタベタになってしまうのが悩みどころだった。
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試行錯誤の末、風呂上がり、体がまだ濡れているうちにニベアをベビーオイルで伸ばしたものを全身にすりこんだ後、水分を軽くタオルで拭き取るという方法に落ち着いた。
ボディクリームみたいにぬるぬるしないし、香りがキツいこともなく、ベタベタもしない。おまけに乾いていない。
これが一番大事なことだ。乾かない!!!

この冬のテーマは「乾かない、そして風邪をひかない」
乾かないって本当に素晴らしいことだ。
顔も就寝前にニベアを塗り、さらにワセリンを薄く伸ばして蓋をしている。絶対に乾かないという強い意志の現れだ。
朝起きて顔を洗う際にしみじみ思う。「ああ、脂がのっているな」

脂(あぶら)が乗(の)・る の解説
1 魚や鳥などが季節によって脂肪が増え、味がよくなる。「よく―・ったブリ」
2 調子が出て仕事や勉強がはかどる。「演技に―・ってきた」
                  デジタル大辞泉より

やっぱり「乾いています…」とカサカサでいるよりも、脂がのって照り照りツヤツヤつやたまぐ方が素晴らしい。
乾燥して痒かったり、静電気が痛かったり、皮膚が突っ張って伸ばしにくいよりも、脂がのって水分も足りていると潤いがあって心にも余裕が出る気がする。冷えも防げる気がする。

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羽海野チカ3月のライオン」より二階堂さま
ジーザスは十字架の上で息も絶え絶えに「乾いています…もう…終わりです…」と言っていたが、そう、乾いていたらもう終わり。乾いている場合じゃないのです。
マリアだってあなたに香油を塗って落ち着かせてくれたじゃない?
油って大事だよ。みんな油塗って照り照りツヤツヤに潤いましょうよ。
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そんな訳で私は今脂がのっています。乾いてなどいない。
でもジーザスごっこはたまにやりたい。
私の演技にもきっと脂がのっているだろう。

猫とばあちゃん

先週母からLINEが来て、「ばあちゃんが危ない、みんななるべく早く病院に行ってやってほしい、年は越せないと思う」と言うので、日曜日に病院に行ってきた。

みんなが拍子抜けするほど祖母は元気でよくしゃべったけど、案の定、私のことも弟のことも覚えておらず「ばあちゃんもう誰だかわかんないけど、みんな来てくれてありがとね」「孫ったって何人もいるからね」「あらー、あんた血縁なの~」とけらけら笑っていた。
笑っていていつもの勢いでしゃべってくれていてよかった。
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子供の頃、山下公園で遊覧船に乗せてもらったときも、「今からまめを上海に売りに行くよ」と面白そうに笑っていたばあちゃん。
きっとそんなことはすっかりさっぱり忘れてしまっているだろう。
なにせ「2ヶ月前のことなんてもうばあちゃん無理よ、91だからね、昨日のことだって覚えちゃいない」と豪語していたくらいだ。

それでも大事にしていた猫のずっちゃんのことはきちんと覚えていた。
孫のことは忘れても、ずっちゃんのことは忘れない。
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うちの猫たちの写真を見せたところ
「あら!これはいい猫ね。ちゃんと手をそろえてしっぽで巻いて礼儀正しい!ばあちゃんにはわかる。これはいい猫よ」と大層褒めていただいた。
そして私には「あなたどこの子かわかんないけど」と言い、撫ですぎて毛がつるつるになった猫のぬいぐるみを抱きしめていた。
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いつか私にもいろいろ忘れてしまう日がくるけれど、それでも陽気に笑っていられるかしら。猫のことは覚えているかしら。
今日は猫とケンカして口もきいていないんだけど、そんな日のことも思い出すかしら。
いいことばっかり思い出すかしら。

もう91だし、大往生よね。万が一年が越せなかったとしても最後に元気なときに会えてよかったわよね。
そんな風に話して、まあみんなそれなりにちょっと覚悟して別れた。
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これはこの夏、銀座のギャラリーで見たくまくら珠美さんの「雪男曼荼羅」という猫の絵。

ばあちゃんは天国に行ったらきっと、子供の時から可愛がってきたたくさんの猫たちと再会してこんな感じになるだろうな、と思う。
真ん中にのしっと座って、ずっちゃんを抱いて、やたらめったらしゃべっているんだろう。
そう思うと、もうこの絵の白猫がばあちゃんにしか見えなくなってくる。

まるで猫みたいで、猫が大好きで、猫のことだけはちゃんと覚えているばあちゃん。
それでいいよね。それで結構幸せだよね。

曲がり角ごとの驚き・27 ~知らぬが仏~

先日、田代まさしがまたしても覚醒剤でつかまったニュースを聞いてやるせない気持ちになった。ああ、麻薬って本人がどれだけやめたいと思っても抜け出せないものなんだなあ、と本当に怖かった。
アメリカ版シャーロック・ホームズの「ELEMENTARY」というドラマの中でも断薬中のホームズが何度も何度も薬の誘惑と戦っていて、再度薬に手を出してしまったりもしている。恐ろしい…。
そんな麻薬の恐ろしさを、人生で最初に教えてくれたのが横浜税関だった。

高校生の頃、初めて横浜税関で、麻薬の恐ろしさを語るビデオや拳銃密輸の痕跡などを見て以来、「横浜に遊びに行くんだー」などという者には片っ端から「横浜税関の資料展示室を見るように」と伝えている。恐ろしくて、そして「本当にこんな事が現実に起きているんだ」と驚く。
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これは中国人がコンテナを二重壁にして、隙間に覚醒剤を詰め込んできた様子を再現したもの。
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こっちは海賊版EZ DO DANCERCISE。
すごいな、海賊版ができるなんて売れ筋商品の証だ。やるなTRF。そして摘発する側もすごい。よく気が付くもんだ。私なら気が付かない。

以前友人タキコにも横浜税関を勧めたところ、行ってきたタキコは焼き鳥屋でアツく語る。「アンタあれよ、不審者見つけたらちゃんと電話せんといかん。電話番号はシロイクロイだから」
酔っ払った勢いもあって、何度も何度もシロイクロイを繰り返すタキコ。

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461-961は密輸の通報先。
税関には「不審者は深夜に岸壁からあがってくる!見かけたら通報を!」とのポスターが貼ってあったらしい。
平和ボケした私とタキコは「でもさあ、深夜に岸壁からって、ただ単に溺れた釣り人かもしれないじゃん」とゲラゲラ笑っていたが、近くにたまたま税関勤務の若者がおり、「いや、まめさん、マジであがってくるんスよ」と真顔で言うので驚愕した。
マジで来るらしい。密入国やら密輸やらの人が。本気で。深夜に岸壁から。怖い。
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去年の8月は自衛隊松島基地航空祭に行ってブルーインパルスなどを見てきた。友人が自衛隊勤務の方と知り合いだったので、事務所に案内してもらい自衛隊の方のお話も聞いた。あちこちに赴任して、徹夜で仕事したりすることもあるらしい。とにかく今は中国との海域の問題が大変だということを仰っていた。
平和ボケの私が「ああ、なんかニュースで小競り合い、みたいなこと言ってますよね」と言うと、自衛隊の方は若干イラっとした顔で「小競り合いなんて生ぬるいもんじゃない、本当にヤバいんだ。詳しくは言えないけどヤバいんだ」と言う。
そうなのか…そうだったのか…。
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先日いもこさん(id:xx_green-heuchera_xx)と横浜で遊んだ際、税関には行かなかったが(お薦めはした)赤レンガ倉庫付近を散策している際に北朝鮮工作船展示の建物を見つけた。
「何あれー!行ってみよう!」
またしても平和ボケの私は嬉々として中に入ったのだけれども、その展示のものものしさに衝撃を受けた。恥ずかしながら全く知らなかったのだが、2001年に「九州南西海域工作船事件」という事件があって、海上保安庁の巡視船が北朝鮮の不審船を追跡し、不審船は自爆沈没したのだそうだ。
その不審船と遺留品を引き上げて展示してあるもので、横浜に来る前は東京の船の科学館で展示されていたらしい。
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銃撃の穴なんかも空いている。
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シャープのポケコンや古いガラケー金日成のバッヂ、ボロいゴムボートや潜水具、無線機、トランジスタラジオ、鉄兜、そして武器類。
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私やいもこさんから見れば、「こんな昭和みたいなものばっかり持って…」という感じだったが案内板には「武器などを見るにかなり先進的な装備力」と書かれていた。…そうなのね。
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それにしても、こんな暗い船底で、自爆も覚悟の上で、なにかしらの使命感を持って真っ暗な海へ出ていくっていうのはどういう気持なんだろうか、どういう人生なんだろうか。
暗い気持ちになりながら考える。でもわからない。何のため?

それを知らずにいられること、そしてそんな事件が起こっていることを知らずにいられること、平和ボケをしていられることはなんて幸福なことなんだろうか。
その影で、誰かが暗い使命を帯びて、誰かがそれを必死で阻止して、誰かがどこかで死んで、ニュースで少し語られる。
それを遠い国のことのようにぼんやりと聞き流したり、ピっとチャンネルを変えてしまったり。

知る喜びもあり、知らずにいられる幸せもある。知らなきゃいけないこともあり、それでも知りたくないこともある。
たくさんある。

きのこねこのこ

この11月で、我が家に猫がやって来てからちょうど1年。

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去年
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今年
まるでみっちり詰まったいなり寿司みたいにご立派になられて…。
猫の名前は「どんこ」と「ポー」
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どんこさん
友達から送られてきたこの写真を見て「椎茸かぶったような頭だな」と思ったのが名前の由来だ。友人も「どんこかー、可愛いねえ」と言ってくれたので即決だった。
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どんこ、どんこ椎茸と出会う。

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こちらはポー
ねずみ色だったし「しめじ」でいいかと思ったが、どんこ椎茸に対してしめじじゃ格が違いすぎる…。どんこと遜色ないきのこと言えば…と悩む。
友人からは「きのこである必要があるのか」と鋭い指摘が入ったが、いや、だって相方がどんこだから…。きのこ好きとしてはやはり…。
フクロタケのふくちゃん?松茸?

…でもこの子洋風の顔立ちだよね、目も青いし貴族だよねー、と育ての親である友人は親バカを炸裂させる。
そう…きのこ界の貴族、それならポルチーニポルチーニ茸じゃない?「ポーの一族」のポーツネル伯爵の意味も兼ねて「ポー」で!
そんな風に決まったのだけど、なかなか人には言えないから「うん、ポーの一族から」とごまかしている。
本当はお前はポルチーニ茸なのだぞ。
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去年の今頃は、まだ小さなきのこ兄弟が心配で心配で毎日猛ダッシュで帰宅していたが、最近はちょっとくらい遅くなっても大丈夫。
雪も猛暑も雷も台風も経験してきた。

この前の台風、あちこちで大きな被害があったが、個人的に一番ショックだったのはホクトのエリンギが全滅したニュースだった。

なんてこと…。
あの、ちびまるこちゃんの花輪くんみたいなちょっとキザな感じのホクトのエリンギがやられただなんて…。
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暗い気持ちになったけれど、ともかくホクトを応援しようと生協でホクトのきのこセットを2週連続購入した。
エリンギは入っていないかと思っていたが、ちゃんと入ってきた。お前、生きてたのか!!
エリンギ、舞茸、ぶなしめじ霜降りひらたけのセット。無茶しやがって…とホクトが心配になる。
しかもレシピブックまで入っている。

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こんなやつ
裏面には星占いつきだ。結構普通の星占いだった。ラッキーきのことか書いて欲しい。そんなこと言ってる場合じゃないけど。

さらに驚くのはこれだ。まさかホクトがTOKYO FMにラジオ番組を持っているとは思わなかった。
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試しに聞いてみたところ長塚圭史がいい声で「霜降りひらたけ」とか言い出すのでトキめく。
番組のコンセプトはこちら。

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

yes!は高須クリニックだけじゃないのだ。
エリンギやられたホクトこそ「明日へのyes!」を勝ち取るために頑張ってほしい。

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しっぽ組もうぜ!
私、我が家のプレミアムキノコ、どんことポルチーニと一緒に心から応援しているから。