君拾帖

■くんしゅうちょう■  すきなことだけてきとうに

貝を捨てる

貝を捨てる場所、それは古代ならば貝塚だ。
貝塚の研究者、酒詰仲男はその著書「貝塚に学ぶ」にこう書いている。

なぜか理由は不明であるが、この時期には、竪穴住居を廃棄すると、その跡へ貝殻をすてる癖があった。

癖…。習慣とかじゃなくて癖なのか、まあ同じようなもんだけど、癖ね。
歳勝土遺跡の説明板によれば、確かに住居跡から貝塚が出てきている。
これ、全部貝か。

さて、昨日、三浦港に遊びに行ったら、ゴミ収集所に貼られていた分別ポスターの一般ごみ欄に「貝がら」と書いてあって驚愕した。

わざわざ記載するほど大量にでるのか。さすが漁師町。
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ちなみにこれが我が横浜市のゴミ分別ポスターで、特に貝がらの記載もなければ貝がららしき絵もない。
やはり貝の捨て方について記載されているのは漁港のある町なのだろうか、と調べてみる。

【貝の捨て方記載あり】
釧路市小樽市函館市八戸市宮古市船橋市銚子市小田原市伊豆市氷見市広島市呉市室戸市枕崎市
【貝の捨て方記載なし】
石巻市大洗町、東京都千代田区、八丈島熱海市浜松市焼津市志摩市大阪市高知市境港市那覇市
【記載はないが貝の絵あり】
東京都中央区沼津市鹿児島市沖縄市

ざっとこんな感じだ。
平成27年度の漁港取扱高1位を誇る銚子市は記載があるが、2位、3位の焼津、境港には記載がない。
貝の取扱量によるんだろうか。小樽、函館あたりはさすがだ。どれだけホタテ貝やホッキ貝の殻がゴミに出されているのだろうか。

ちなみにこれはゴミ収集所に貼られているような分別ポスターによるもので、今やどこの行政でもホームページにアップしている、50音順ゴミ分別事典の方にはほぼ貝がらの記載がある。
50音順ゴミ分別事典まで見ると、広島市には「貝・かき殻:丈夫な紙袋に入れて出す」と書かれている。かき殻をわざわざ分けて書くあたり「アサリなんかと一緒にするなよ」という広島市の気概を感じる上に、「丈夫な紙袋に入れて」との指定に、かき殻による怪我も多いのだろうか、と余計な心配をする。
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また余談だが鹿児島市のポスターには「茶がら」の記載があり、これは掛川市狭山市宇治市など、他の緑茶の産地には見られないので、鹿児島市の緑茶への熱意が感じられる。

こうして貝がらのゴミ処理について調べていると、yahoo知恵袋に貝の捨て方への質問が非常に多いことにも驚く。今まで何の迷いもなく可燃ごみに出していたが、世間の人はこんな事に頭を悩ませていたのか。

「我が家では庭にばらまいて処分しています。時間がたてば土になります」との回答がついているが、土になっていないから貝塚が出土しているんですよ!
まあ、庭に捨てたっていいけど。
何万年か後の人が「貝でてきた!」って喜んだり、トキめいたり、真面目な顔で調べたりするんだろうから。
何にも考えず、癖で捨てただけだったとしても。

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それでも続く

最近の少女漫画を読むと、「好きです」「オレも!」の後に、進路だのお泊りだの上京だのへの葛藤が延々と続いていて、若い人も大変だな、としみじみする。昔は「好きです」「オレも!」でキスして物語は終了だったよ…。

今の若い人達がどんな進路指導を受けているのかはわからないが、私が学生の頃はまだ「きちんと勉強して、いい高校大学、いい会社に入らなければいけない」という風潮で、若気の至りで無駄に抗っていたあの頃「お前はお先真っ暗だ」とか「そんな事でこの先どうやって生きていくんだ」ということを散々言われた。


バイク乗ったりしたわけじゃないけど。

抗ってはいても、長年に渡って「人生のレールを外れたら終わり」だという呪いをかけられてきたので、大学を中退した時「なんだ死なないのか」と拍子抜けした。
死なないし、終わりじゃないし、生きていかなきゃいけないからバイトや仕事を探さなきゃいけない、終わるほうが楽だったのに、と思った。

世の中もちょうど世紀末頃で、ノストラダムスの大予言をバカにしつつも、みんな心のどこかになんとなく終わり気分を持っていた。だから新興宗教も流行っていた。1999年7の月、世界が終わらなかったことで「なんだ、終わらないのか」とガッカリした人は多いと思う。

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今頃になって初めて、NHKオンデマンドで「あまちゃん」を見た。
映画化された「この世界の片隅に」の主人公の声があまちゃんで主役を演じたのん(能年玲奈)で、どこかの映画評で「あまちゃんは3.11に向っていく物語で、この世界の片隅には1945年8月6日に向っていく物語だ」と書かれていたのが印象に残っていたので。
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映画評の通り、どちらの物語も震災や戦争、原爆投下という大きな事件があって「それでも日々が続いていく」「明日もあさっても、できることをしながら普通に生きていく」という部分がクローズアップされている。そしてその事にたくさんの人が共感し、心を動かされている。

終わるんだと思っていた時、終わらず続く日々に「ああ、続くのか」と呆然とした。
6年前の地震の日には、夜が明けて明日が来て、日々が続くのを待っていた。

どちらも生きているから思うことなんだろう。傲慢なことも、健気なことも。
命があることに感謝したり、生き伸びてしまったからこそ大変で苦しかったり。
いい事があってもそこでハッピーエンドで終わりじゃないし、大変な事があっても、どんな選択をしても、人生はそこで終わらず続く。
良しにつけ、悪しきにつけ、続く。生きている限り、それでも続く。

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曲がり角ごとの驚きⅢ こんぴらさん201703・奉納品

四国旅行を決めた頃、ちょうどブラタモリこんぴらさんの回で、特別に奉納品館を見せてもらったタモリさんが様々な奉納品を前に「いや、これ迷惑だよね」と苦笑していた。


そんなのは奉納品館だけのことだろうと思っていたら、こんぴらさんはそれ程甘い場所ではなかった。

象の像。アフリカ象。なぜ…。
アフリカ象の像なんて、動物園の象の墓とか以外で見たことない。
その横には恐ろしく巨大なプロペラ。

デカい、デカすぎる。
こんぴらさんは海運の神様なので造船会社が奉納したらしく、金刀比羅宮のホームページで「奉納当時、世界最大のプロペラ」と社長さんが誇らしげに述べていた。いや~…迷惑だって!

本宮の横には錆びた鉄釜二基。五右衛門風呂?と思って近づいたら、「あららぎ弁当店」との名前が書いてあったので「炊飯釜か!!」と驚く。でももしかしたら、うどん茹でる用の釜かもしれない。いずれにしろデカすぎる。

奥社への道に建つ「電話器械寄付」の石碑。明治二十三年、電話開通の年らしい。当時とても貴重なものだろうし、これは役にたったことだろう。
しかし、なんだ、このデカい石碑と電話機、どっちがメインなんだ。
こんぴらさんというのは己の信仰の深さを奉納品のデカさでアピールする場所なのか。
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象に比べれば珍しくもなんともないがもちろん馬の像もある。
「金」って書いてある。ええ、ええ、お金かかってんでしょうね…。
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吟詠の歌詞の額とか。どうしろと…。
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空き缶のアルミを再利用したソーラーパネルをとりつけたボート。
太平洋単独横断してきたのはご立派だけれども、もらっても…ねえ。しかも単独横断した人は航海前にこんぴらさんにお参りには来たものの、お賽銭を出さなかったと金刀比羅宮のホームページ上でちゃっかり述べている。
お賽銭出さなくても守ってあげる上に、やたら場所を取る巨大ボートの奉納を受け取るこんぴらさん、なんて心が広いんだ。
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ミトンのような、これは貝。奉納品館のみならず、ここにまで。
「デカイ貝とれた!こんぴらさんに持っていこう」って感じなんだろうか。

以前にどこかで、日本は国土面積の割に隕石の回収率が高い、という話を聞いたことがある。それは人口密度の高さもあるが、何より拾った人が皆、寺社仏閣に持ち込むからだと言うのだ。
確かに珍しいものを拾ったらお寺や神社に持っていこうという気持はわかる。
しかし、こんぴらさんでこんな奉納品の数々を見ていると、寺社仏閣も大変だなあ、との同情を禁じ得ない。

ブラタモリでも言ってたけど、むげにできないんだもんな。捨てられないんだもんな。もらっても途方に暮れるしかない物たちを。

ちなみにこれは琴電琴平駅前に何故か山積みにされている不法廃棄物。

こんな駅前なのに、誰も彼もがここに置きにくるんだな、と不思議だった。
これとあれとの違いはきっと祈りや願いが込められてるかどうかなんだろう。

人はこんぴらさんに、心の荷物や家庭の荷物、願いをこめたあれやこれ、捨てるにしのびないそれこれを置きにくる。

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乗る旅 ~高松高知201703~

有給をとって2泊3日で四国へ。
のんびり大人旅のはずが、行きたいところが多すぎて旅行代理店も真っ青の強行軍に。


金曜朝6時の羽田。
出張の人が多いせいか空港行きのリムジンバスがとても混んでいた。

国内線だからか、飛行機の座席はこんな感じでなんか簡素。
乗り慣れないからちょっと不安になる。

それでも浮かれて滑走路で写真を撮りまくる。羽田発7:45。
9:05高松空港着。空港リムジンバスで市内へ。

瓦町で下車してことでん1日フリー切符購入。1230円也。

ピンクので志度へ。

黄色いので栗林公園こんぴらさんへ。

車窓から海が見えたりして、すっかり撮り鉄
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こんぴらさんの登山かご。登り5300円という価格に「そりゃそうだ」と思いつつ「ひいーーー」と震えて通り過ぎる。
本宮までは思ったより楽だったので、調子にのって奥社まで行ったら、途中で何度も「もう引き返そうかな」と自問自答する羽目になった。あそこでかごがあったら乗ってた。ヤバかった。
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翌朝、高松港をぶらぶら。瀬戸内海はバスみたいに気軽に船が出ていて島に行ける。ああ、次に来たら船に乗りたいな。
…と船気分が高まったところで、玉藻公園で和舟に乗せてくれるサービスを発見。
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朝9時。乗客は私だけの貸切。海水を引き込んだお堀で養殖されている鯛に餌をやるのがメインサービスらしく「今まだ寒くて鯛いないけど」とおじさんに気の毒そうな顔をされる。
いいんです、ともかく舟に乗りたいの。
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めでたく鯛も寄ってきてくれたのでした。
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これは私の次の回のダンディなおじさま。こんな感じで粋な舟遊び。
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10:10高松駅バスターミナルから一路高知へ。電車と同じ所要時間で料金は電車のほぼ半分。

12:45高知駅とさでん交通のMy遊バス1日乗車券を買って、五台山、竹林寺、牧野植物園、桂浜へ。
闘犬の時間の都合上、明日も桂浜に来ることにして、市内バスでさっさと帰る。
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翌朝、またしてもMy遊バスの1日券を買い、桂浜再訪。それなら2日券を買えばよかったが、まあ2日で2000円なら元はとれてる。
12:00の市内バスで自由民権資料館へ。板垣死すとも自由は死なず。
まさか、あんな名台詞を口にして死んでないとは思わなかった…。板垣め。
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路面電車はりまや橋まで戻る。路面電車の走る街っていいな。
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近くの車庫にはいろんな路面電車が勢揃いしていた。
14:45空港リムジンバスで高知龍馬空港へ向かい、16:00の飛行機で南国土佐を後にして機内で爆睡。
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羽田からのリムジンバスの中で、人であふれる横浜駅を見たら、ああ、帰ってきた、としみじみ思った。
よく乗って、移動し続けた旅だった。

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生きていくストレス

以前、「ししとうが辛くなるのはストレスが原因だ」という話をきいたことがあって、「ししとうのくせに生意気だぞ!」とジャイアン流に立腹したことがある。
調べてみたらやっぱりストレスだ。

もう、のっけから「ストレスが原因だよ」と無邪気に書いてある。
「ああ暑い!ストレス!」だとか「水!水足りないんですけど!」とか言って辛くなるのか。しかも、ストレスを感じると先がとがってしまうらしい。ナイフみたいにとがっては触る者皆傷つけるんだな、不良だな。


さて先日、神奈川県立生命の星・地球博物館で「貝のことを知ってるカイ」という講演会があって、なんとなく心惹かれて行ってみた。

生命の星・地球博物館の学芸員の方と、海洋研究開発機構の研究員の方のお話で、相模湾にたくさんの種類の貝が住んでいる理由だとか、すごく変わった生態の貝のお話で、とても興味深かった。
講演のあとで質疑応答の時間があったが、挙手する老人たちが皆口をそろえて「長年貝を拾っているが」「貝殻拾いが趣味で」などと言い出すので驚いた。そんな趣味があったのか…。

貝拾い老人たちは聞く。
「ここ最近貝が小さくなった」「アサリの貝の模様は遺伝なのか」
学芸員の方答えて曰く「貝が小さくなったのは、縄文人が大きい貝をたくさんとるから大きいのが淘汰されて小さい貝ばかりになったという仮説がある」「貝の模様は遺伝や食べ物によるものではないと思われる。知能の高い天敵のいる貝は、模様が一定だと食べ物として認識されてしまうため模様を変えているのではないかという仮説がある、また、津波を経験したアサリでストレスで模様が変わった事例が報告されている」との事。

え!と思ってこれまた調べたら本当にストレスだった。

これには同情してしまう。人間の爪だってストレスや栄養失調の時期があると横線が入るもんな。よく生き延びた。
記事によると外国から日本に連れてこられて飼育されているアサリもストレスで模様が変わるらしい。

また、海洋研究開発機構の研究員の方のお話では「必要なら貝は何にだってなれる」とのことだった。
捕食者から逃れるためならば擬態もすれば、発光もする。生き抜くためならば化学合成もするし、脳も捨てる。
種をつなぐために当たり前と言われればそうだけど、すごい。
私など、おかげさまで人間に生まれたので、熊やライオンにでも遭遇しない限り食われる心配はそうそうない。だから「食われないために」なんて考えもしない。
でも植物も貝も、生き物はだいたいすべてひっそりと挑戦したり、あれこれ実験したりしているんだよな、種の存続のために。

「食われる!」「劣悪環境で死ぬかも!」「種が絶滅するかも!」というのはそりゃあ、相当なストレスだろう。
貝の模様が変わるくらい。何にだってなれるくらい。発光だってできるくらい。
そう思ったらししとうがストレスの中で自分を守るために辛くなるのも尖るのもしょうがないなと思えた。

人間にしろ植物にしろ生き物にしろ、貝にしろ、生きていればみんな必ず何かしらのストレスにさらされているものなんだな。その中で、少しでも生きやすくなるようにいろいろな機能や術を身につけて自分を守る。
そうやって進化していくんだと思うと、ストレスって必要なものなんだと思う。
まあ、ししとうはストレスフリーで育てたいものですが。
私、わりとストレスししとうに当たるので。それも小さなストレス。

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曲がり角ごとの驚きⅡ 像あれこれ

しかし考えようでは、曲がり角をまがることは胸さわぐ快楽でもありうる。
曲がり角のむこうには素敵な出会いが待ち受けているかもしれないし、だいいちそれまでの、いいかげんうんざりしていた世界に背をむけて、新しい風景のなかに入っていけることはほぼ確実なのだから、曲がり角をまがることは小さな、あるいは大きな驚きを経験することでもあるのだ。
          塚原史終末のソリチュード」より

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素敵な出会い@秩父三峯神社
明らかに体のバランスがおかしいけど、フレンドリーに出迎えてくれるヤマトタケルノミコト氏。
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合羽橋でノリノリの大黒様。
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金色の河童、河太郎。
まあ、かっぱ橋だもんな、河童くらいいるよな。
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でも河口湖の駐車場脇の草むらに突如、河童がいる必要ないよな。


こちら水戸駅前に立つ黄門様御一行。お約束どおり。

そしてこちらは恩田陸夜のピクニック」のモデルとなった水戸一高にあるモニュメント。
タイトルは「わが道をゆく」。
迷わず行けよ、行けばわかるさ。

夜のピクニック (新潮文庫)

夜のピクニック (新潮文庫)

それにしても水戸の人は歩いて旅立ちがちなのか。


伊豆、浄蓮の滝前で、大志を抱く感じの伊豆の踊子像。
水戸一高と併せて、青春2部作

そんな青春を木陰からそっと見守る修善寺のだるまさん。振り向けば奴がいて若干ビビる。

最後はうちの父親が中学生の頃に作った遮光器土偶
母は鼻をふくらませて「この前本物を見てきたけど、うちの方が顔が上品だった」と力説した。

胸さわぐ快楽を求めて曲がり角をまがるうちに、いつしかいいかげんうんざりしていたはずの我が家に還ってきて大団円。
めでたしめでたし。

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NEXT GENERATION

昔、大好きだったチェッカーズは「NEXT GENERATION」という曲の中で「僕らはいつも“その後の世代”」と歌っていた。

THE CHECKERS SUPER BEST COLLECTION 32

THE CHECKERS SUPER BEST COLLECTION 32

子供の頃、世の中はバブルだとか言って浮かれていた。だから私はずっと思っていた。大人になったら、小さな三角のグラスに入ったさくらんぼ入りの綺麗な色のお酒を飲んで、男の人からスカーフをもらったりするのだろう、と。
大人とはそういうものであると。
しかしバブルはあっさり弾けてしまい、中学生になった頃には「モツ鍋を食べるのが大人なのだ」と思うようになった。
そのせいだろうか、あのバブル期の浮かれ感に対して、どうにも居心地が悪く、避けて通りたいような気持がある。

去年、Bunkamura ザ・ミュージアム国芳・国貞展があった。
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行きたいと思ってはいたけれど、あまりのサブカルポップゴリ押し感に警戒を強めてしまい、結局行かなかった。
髑髏と書いてスカル、手紙と書いてメール。
特集ページには「幕末の浮世絵両雄(ツートップ)が渋谷で激突(マッチアップ)」との煽り文句…。
そして何より「俺たちの国芳、わたしの国貞」っていう80~90年代の雑誌の特集みたいなタイトル。
危険すぎる。バブルの香りが強すぎる…。

だいぶ落ち着いたが、2010年頃から妙に世の中がバブル懐古に走ったり、バブル再来!と騒がしく煽り出したように思う。
ファッションではプロデューサー巻きが再流行したし、秋元康が再び大ブレイクしたり、株価も一時は上がったり。
歴史は繰り返すと言うけれど、こんなに早く?と少し焦った。
でもまあ、考えてみればあれから30年か、妥当な歲月かしら…。

タイムスリップしたかと思った!…という程に驚いたのは、2012年、東急線内に一斉に貼られた渋谷ヒカリエの開業広告を見た時だ。
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ワープロ時代を思い出させる斜体フォント。
「あとは自分のセンス?」「そう、自分らしさを探しに行くの」という東京ラブストーリーみたいな会話。
朝の通勤電車の中、目を見張って息を呑んだ。
「アートを体感できるのさ」って…石田純一の声で読めばいいの?それともハートカクテルなの?

先日、東急カード会員の無料招待日があったので、Bunkamura ザ・ミュージアム河鍋暁斎展に行ってきた。

この展覧会、またしても骸骨推しのサブカル感満載で、特集ページはさんざん技巧をこらして「お洒落なポップアート」アピール。
やたらあちこちで招待券プレゼントもしているし、きっと内容が薄いんだろう、あまり期待しないほうがいい、と思って出かけたら、予想に反してとても素晴らしく、楽しかった。

バブリー広告故に敬遠したあの国芳・国貞展もきっと素晴らしかったのだろうな、と今更思う。どうにも敬遠している渋谷ヒカリエも素晴らしい商業施設なのかもしれない。
「逆に新鮮!」「懐かしい!」「景気良かったよね、あの頃」と支持されているのだろう、あのバブルっぽさをむしろトラウマのように感じて素直に楽しめない、私はいつも“その後の世代”

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